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7月29日、月曜日のニュースQプラスです。沖縄市でアメリカ軍の廃棄物とみられるドラム缶が見つかり毒性の強いダイオキシンが検出されたことが問題になっていますが、こうした中、陸上ではなく、海の汚染をも指摘する衝撃的な事実が告発されました。

ベトナム戦争の真っ最中であり沖縄が本土に復帰する3年前の1969年、化学兵器の中でも最も恐れられているマスタードガスやVXガス、サリンが沖縄の海に投棄されたというものです。

ジョンミッチェルさん「米軍は陸上だけではなく、外にも汚染を広げたとみられています。海にも汚染が広がったとみられています。1969年に沖縄の海岸に化学兵器が捨てられたのです。」

こう語るのは枯れ葉剤問題の取材を続けるフリージャーナリストのジョンミッチェルさん。ミッチェルさんは先週、ジャパンタイムズで衝撃的な事実を告発しました。

ジョンミッチェルさん「1969年、知花弾薬庫で化学兵器が漏れる事故が起きた。陸軍の兵器責任者から電話があり、これらの化学兵器を海に捨てるように指示されたと。VXガス、マスタードガス、サリン。私の調査によると、もう一つのタイプの化学兵器がある。ルイサイドという、最も危険といわれるマスタードガスより危険な物。」

これは当時、沖縄を統治していたランパート高等弁務官が帰任の際に自身の回顧録で語った話。ミッチェルさんは今回、沖縄でこのプロジェクトに関わったふたり人の元軍人からも証言を得ました。

ジョンミッチェルさん「当時沖縄にいた2人のアメリカ兵が、1969年の秋、沖縄の海に捨てた時のメンバーだったと証言している。1人は軍警察で、化学兵器を積んだ6台のトラックを知花弾薬庫から天願桟橋まで誘導したことを覚えています。」

またQABが去年枯れ葉剤に関してインタビューしたジェームズ・スペンサーさんも 次のような証言をしています。

ジョンミッチェルさん「もう一人は船に乗り、海に捨てる所に立ちあった。彼も海に化学兵器を落とす時に押すのを手伝ったと話している。」

1969年と言えば沖縄が日本本土に復帰する3年前。知花弾薬庫では毒ガス漏れが起こり25人が病院に運ばれたと新聞に報じられています。その前年、1968年には具志川で奇妙な事件が相次いでいました。

これは具志川の田んぼで見つかった11本足のカエルの写真。この辺りではこうした奇形ガエルが何匹も捕獲され、子どもたちから『具志川蛙』と呼ばれていました。

また具志川の海岸では児童およそ240人が海に入った途端、やけどのような皮膚炎を起こすという事件が発生。アメリカ軍基地がある辺野古や、金武でも同様の事件が発生し被害者は320人以上に上ったのです。

返還されたアメリカ軍基地の汚染の問題が浮き彫りになり、沖縄における化学兵器の存在や汚染の事実が問題になる中、ミッチェルさんは、海や土の汚染は過去の問題ではなく、いま私たちに迫っている危険で、すぐに調査すべきだと指摘します。 

ジョンミッチェルさん「科学者は化学兵器が捨てられ、50年と言うのはとても危険な時期だと語っている。アメリカの調査によると、海に捨てられた鉄製の容器は50年経つと壊れてしまう。ガスや化学兵器は50年経った今、毒が流れだそうとしているのです。」

沖縄の海に化学兵器が捨てられたということは当時の高等弁務官の回顧録、そして元軍人の証言から明らかになったと言います。しかしその量や、今それらがどうなっているのかはわかっていません。

アメリカ軍基地の汚染については先月、沖縄市でも子どもたちが使うサッカー場から毒性の強いダイオキシンを含むドラム缶が発見されたばかりですし、アメリカ軍に基地を提供している政府にはきちんと事実を調査する必要があります。