※ 著作権や肖像権などの都合により、全体または一部を配信できない場合があります。

Qプラスのキャスターが県内各地を歩く「お散歩プラス」。今回は、農村としての古い歴史を持ちながら、都市開発で目覚ましい発展を遂げる豊見城市です。

今回のお散歩の舞台は、人口およそ6万5千人、本島南部に位置する豊見城市。案内して下さるのは、歴史ガイドの新里輝吉(しんざと・てるよし)さんです。かつての豊見城城址公園を歩いていると。

新里輝吉さん「ここが豊見城のハーリーの発祥の地ということで石碑を建立してある。」

豊漁や航海の安全を願って行われる「ハーリー」。およそ600年前から続くとされる沖縄の伝統行事は、ここで誕生したと言われているのです。

豊見城城址を築城した汪応祖(わんおうそ)が、留学先の中国で見た船の遊覧を豊見城で行い、それが各地に広がってハーリーと呼ばれるようになったんだとか。

中村キャスター「ひとつすごく不思議なのは那覇にも糸満にもハーリーってあるのにこの発祥の豊見城市にはハーリーというと?」

新里輝吉さん「みんなそう言う。地元の人もなぜ発祥の地なのにハーリーがないかと。元々豊見城は農業が盛んな場所。稲作が中心稲とビーグ(イグサ)の生産が盛んなために、漁業者がそんなにいなかったこともあって競漕がなかったと。」

ここは、人々が国の安泰や五穀豊穣を祈願した豊見瀬御嶽。地域が豊かな暮らしを願った聖域は、今もひっそりと佇んでいます。

肥沃な土地に恵まれ、農村として栄えた豊見城にとって、「雨乞い」は大切な神事。標高わずか37メートルの「数珠山」も神聖な祈りの場でした。

ここに眠る神の使いとされる「ノロ」の名前は、全国でも読み方が難しい地名として知られるこちら・・・「保栄茂」なのですが、皆さん読めますか?この読み方、実はある秘密があったのです!

新里輝吉さん「シーミーなどの行事の時には今でも拝む。子孫があちらこちらに住んでいらっしゃるその関係者の方たちも拝む、あるいは遥拝する。」

ちなみにこの地区…漢字3文字にも関わらず、なぜ「びん」と読むのか…知っていますか?

新里輝吉さん「沖縄の方言には母音が3つしかない。『あいう』の3つ。『えお』がない。『ほえも』の『え』が『い』に変わって、『ほいん』。『ほいん』が変化して『ふいん』になる。『ふいん』が今度は『ひん』、『ひん』が濁って『びん』に変わってきたと。」

全国有数の難しい地名。そこには沖縄ならではの方言が深く関わっていました!

今、新たな観光地として人気を集めている瀬長島。実はかつて「恋の島」とも呼ばれていたんだとか。その理由のひとつが、島にたくさんの蛇がいて、鶏を養うことができなかったという、昔話にまつわるこんなお話。

新里輝吉さん「鶏がいなければどういう事かと言うと、暁を知らせる時刻がない、夜通しいつまでも夜が明けないので、恋を語る場所としてこの島は理想郷だと、ロマンの島だということがある。」

恋の島・瀬長島は男女の恋模様を描いた組踊の舞台にも。島には、組踊「手水の縁」の作者、平敷屋朝敏(へしきや・ちょうびん)の記念碑が建立され、その歴史を今に伝えています。

また、夫婦が訪れる名所も。それが子宝岩。男の子を望むなら上の穴、女の子なら下の穴に石を投げ入れる願掛け岩です。

そして、知られざる瀬長島の歴史も明らかに!

新里輝吉さん「豊見城の発祥の地でもある。」

中村キャスター「ここが発祥?」

新里輝吉さん「(琉球の国を創った)アマミキヨの三代目、南海大神加那志が瀬長島に渡って来た。そこの四代目は豊見城大神加那志というその方が内陸部を目指して、今の字豊見城に移り住んだ。」

豊見城市を語る上では欠かせない、瀬長島の驚きの過去に触れたところで今回はここまで!

お散歩プラス、次回もお楽しみに!