当時の畜産課長が振り返る豚熱

県内に大きな衝撃と影響をもたらし、最終的に1万2000頭あまりが殺処分される事態となった豚熱の発生からきょうで1年となりました。

豚熱の発生により、これまで大切に育ててきた豚を一気に失ってしまい、失意の中にありながら再建に向けて歩み始めた農家。そして感染を拡大させないため、連日奔走した県の職員はこの1年をどう振り返るのでしょうか。

当時の県畜産課長 仲村敏さん「どこまで広がっているのか、広がっていた場合、今の陣容で対応できるのか」

去年の年明け早々、県内を激震させた豚熱。

玉城知事(1月8日)「残念ながら豚コレラの患畜が確認されました」

豚熱発生から1年これまでの歩み

豚熱は豚やイノシシに特有のもので高い致死率を持つ病気です。1年前のきょう、最初にうるま市の養豚場で豚熱が分かって以降、感染は沖縄市の農場にも広がっていきました。

農場で感染した豚の存在が判明した場合、そこにいるすべての豚が殺処分の対象となります。

最終的に県内7つの農場で感染が確認されたことから関連農場も含め、あわせて10の農場で1万2381頭もの豚が殺処分される事態となりました。

当時の県畜産課長 仲村敏さん「発生報告から収束が見えるまであまりにも忙しくてバタバタ動いていたので思い出す記憶が途切れ途切れの部分もあるんですが」「(最初の感染疑いの報告を受けて)他県の発生状況からも、これが本物の豚熱である可能性は高いと思った」

発生当時の混乱ぶりとその心境をこう語るのは、県畜産振興公社の仲村専務理事。

当時の映像(2月3日)仲村さんは豚熱の発生した当時、県の畜産課の課長として連日対応に追われました。

当時の県畜産課長 仲村敏さん「発生がうるま市ということで、小さな養豚場が密集している地域での発生疑いの報告でしたので、どこまで広がっているのか、広がっていた場合、今の陣容で対応できるのか」

県では、日頃から豚熱の感染防止のため農家に対する指導や注意喚起を行いながら国のマニュアルをもとに発生に対応する訓練などを続けていました。しかし、最初の感染疑い例の報告が遅れたことなどから初動対応が追い付かなかったと話します。

豚熱発生から1年これまでの歩み

当時の県畜産課長 仲村敏さん「1万数千頭の殺処分になったということで、非常に無念でもありますし、農家さんの心中を考えると家畜伝染病は日ごろの予防の重要性を改めて強く認識して大いに反省して改善を早急に図るべきと日々感じている」

県は、豚熱の「収束」を宣言したものの、豚熱の発生やワクチン接種により豚肉を海外に輸出などができない状況が続いています。

現在、畜産振興公社で畜産物の生産や消費の促進を行う立場の仲村さん。大きな打撃を受けた沖縄の養豚業の立て直しに向け、決意を新たにしています。

当時の県畜産課長 仲村敏さん「豚熱前の段階に戻すための計画のスケジュールをしっかり作って関係者一丸となって役割分担をして、早期に再興、もとの状態に戻すことを行う必要がある」


豚熱から1年 再起かける養豚農家

年末の先月27日、楽しい食事のひと時を提供するキッチンカーがありました。コック帽をかぶった豚のマークが目印で、豚熱からの再起をかける喜納農場が始めたものです。

豚熱が発生した養豚場のひとつ、沖縄市の喜納農場。ここでは、去年1月10日に豚熱の発生がわかり、手塩にかけて育てた3012頭が殺処分されてしまいました。

喜納農場 代表 喜納忍さん「毎日撒いたもので、1年たっても落ちなくて。」

あれから1年、農場の周辺の道には、消毒で撒かれた石灰が、いまもなおこびりついていて、当時の苦難を物語っています。

喜納農場 代表 喜納忍さん「3012頭、豚を犠牲にしてしまったんですけど、それが元に戻る状態が再建だと思っていて、今はまだそのスタート地点に立てたかなぐらいの状況ですね」

60年ほど前に忍さんの祖父・一雄さんが立ち上げた喜納農場、2代目を継いだ父・憲政さんは、アグーと他の品種を掛け合わせてつくるブランド豚の育成に力を注ぎます。エサや飼育方法など研究を重ね、年間3600頭を出荷できるまでになりました。

やっと増やした大切な豚を、一夜にして豚熱が奪っていったのです。

憲政さんは、ショックのあまり、2か月間、家に籠りきりになってしまいましたが、最近は、忍さんたち後継者のためにと、気持ちを奮い立たせ、農場と向き合っています。  

豚熱発生から1年これまでの歩み

父・憲政さん「これをきっかけに、以前よりよくもっていくように。いいきっかけであるし、もしかしたらチャンスであるかもしれない。ゼロからスタートすることによって」

再建のために、最初に取りかかったのは、豚舎の設備の見直しです。

喜納農場 代表 喜納忍さん 「豚が鼻と鼻を突き合わせないように、ブロックを高くしました。」

あらゆるリスクを想定し設備を改修、そのほか、飼育エリアへの立ち入りを制限したり消毒設備を整えるなど、感染対策を強化しました。その費用は、1000万にものぼりました。

体制を整え、空っぽだった豚舎に鳴き声が戻ったのは、去年7月。

喜納農場 代表 喜納忍さん「豚がきました」

8月には、母豚として念願のアグー1頭を購入。ここから、2年半ほどの歳月をかけて、憲政さん理想の豚の安定供給を目指します。

さらに、喜納農場は、去年9月から新規事業をスタートさせました。キッチンカー事業です。県産の野菜や豚肉を使ったサンドイッチを販売しています。

豚熱発生から1年これまでの歩み

地産地消にこだわろうと決めたのは、アグーなど様々な県産食材が、コロナによる観光客の減少で、売れずに困っている現状を目の当たりしたからです。

喜納農園 代表 喜納忍さん「大事なはずなのに、沖縄の食材として、観光向けの食材になってしまっていたんだなと思って、それを沖縄県の人に応援する気持ちでもいいし、食べてもらえたらいいなと思って。そうじゃなかったら、うちはやっていけないし。コロナとか、これから起きることにも対応していけなくなるので」

「農場は元に戻すことを、ひたすら真面目に頑張る。いつかは、キッチンカーで自分たちの豚肉を提供する場をつくる」

飼育していたすべての豚を失うという苦難を経験した喜納農場。生産者の思いを届ける地産地消に取り組みながら、養豚農家の再建へと、着実に歩みを進めています。


記者解説 豚熱発生から1年

船越さんは発生当時も取材を行っていましたが、1年前の様子をあらためて振り返ってみていかがですか?

船越記者「殺処分が行われている現場周辺を取材していると殺処分される豚の甲高い鳴き声が何度も聞こえてきて非常に胸が痛い思いだったのを鮮明に覚えています」

もとに戻るにはまだまだ時間がかかると思いますが今後の課題はなんですか?

船越記者「1つ大きなものとしてあげられるのがワクチン接種です。県は本島全域でワクチン接種を完了させましたが、ワクチンは1回打てばいいというものではなく年単位で継続する必要があります」

船越記者「2回目以降のワクチン接種については1回の接種で1頭あたり160円の費用が農家負担となり、新しく生まれた豚や1回目の接種から時間が経過した豚へ接種が必要であるうえワクチン接種の終了時期は見込めていません」

船越記者「また新型コロナの影響で海外や観光客に人気の「アグー」の消費が落ち込んでいる現状もあります。県内有数のブランド豚を守るため新たな販路開拓も求められます」