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東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災から、あすで12年を迎えます。地震と津波に見舞われた岩手県で、アナウンサーとしてニュースや情報を伝えてきた県出身の伊波伴准(ともちか)さんが当時の状況を語り、災害に備えることの大切さを訴えました。

岩手県盛岡市の中心部・盛岡地裁前に立つ一本の木。「石割桜」です。巨大な岩の間から突き出るように太い幹が伸びて広がっています。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「やっぱりぐっと我慢してパワーをためて花を咲かせるっていう感じが、物静かだけど力があるっていうのがとっても東北らしいし、岩手らしいものだなと思います。」

震災から12年 岩手のウチナーンチュアナウンサーが伝えたいこと

樹齢360年余り、岩を押しのけて育っていったその姿は、過去に何度も困難を乗り越えてきた岩手の象徴とも言われています。2011年3月11日の東日本大震災、あの日から12年が経とうとしています。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「今来たんだ。って思ったときやっぱりすごく恐ろしかった。その時私が岩手に移住して15年目だったのかな。」

岩手朝日テレビで働く西原町出身の伊波伴准さん。1996年に開局した時から在籍し、夕方ローカルニュースのメインキャスターとして活躍してきた「局の顔」です。現在は、広報として、SNSの運用などを手掛けています。

震災時、報道と営業を兼務していて、翌日に控えた旅企画の準備に追われている途中、太平洋の三陸沖を震源としたM9.0の大地震が発生しました。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「ちょうどこの隣の部屋だったんですけど、ものすごい揺れたのと、あとはこういう大きな窓ガラスがうねっていったのを見てそのまま自分のカバンの中のビデオカメラを回し始めた。」

その後一日中、情報収集に奔走した伊波さん。電話もつながらず、沿岸の映像が入ってこないまま日が暮れていきました。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「一晩経って落ち着いたときに大変な映像が入ってくるんじゃないかっていう恐怖を抱きながら一晩過ごしたという日でしたね。」

震災から12年 岩手のウチナーンチュアナウンサーが伝えたいこと

その予想は現実のものとなりました。翌日、取材班からやっと届いた映像で、沿岸津波で壊滅的な被害を受けているのを初めて目の当たりにしたのです。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「そこからがもう不安との闘い。おそらく沿岸の人は生きるためにどうすればいいかっていう戦いが始まっていたって、もうあんまり思い出したくない時間ですね。」

およそ1万6000人が亡くなる大災害となり、多くの人が家族や友人、家を失いました。岩手県だけでも、死者・行方不明者は6254人にのぼります。何か被災地を元気づけることはないか、思いついたのが「子どもたちへの読み聞かせ」でした。

各地を回る中で、伊波さんはある異変に気付いたといいます。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「地域によって子どもの反応が全然違うんです。被害の度合いが大きかったところの子どもが笑わなかったっていうのがすごくショックで。これは大変だっていうのも驚かされたというか、厳しい現実を見たっていうのもあります。」

震災から12年 岩手のウチナーンチュアナウンサーが伝えたいこと

子どもたちが負った心の傷の深さを知った瞬間でした。それでも、読み聞かせを続けることで徐々に子どもたちの笑顔が戻ってくると。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「子どもが喜ぶ顔を見たのが久しぶりだったので、大人の方が感動しましたっていう地域もあったんですね。なのでこれは子ども向けで始めたはずなのに、実は日常を取り戻したい大人がすごく喜んだのが読み聞かせだったんだなと。」

明治時代の「明治三陸大津波」や1960年のチリ地震大津波などたびたび津波の被害に見舞われてきた岩手県には、「津波てんでんこ」という言い伝えがあります。

事前に地震が起きた際の集合場所を決めておき、発生時は1人で走って高台に逃げるという原則で、子どもの時から教えられ、体に染みついている、、はずでした。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「だけれど、助けに戻った人たちは一旦慌てて5分10分で高台の上がった後にあのおばあちゃんどうしたんだろうとか家の誰々さん知ってる誰さんを心配だからちょっと見に行こうって言っても帰ってこなかった。」

震災から12年 岩手のウチナーンチュアナウンサーが伝えたいこと

2日前に発生した最大震度5弱の地震で津波注意報が出されたものの、確認されるほどの被害がなかったことも大きな要因となりました。

東日本大震災の教訓を生かし、津波の被害を限りなく0に近づけるために。ふるさと・沖縄の防災について調べた伊波さんは、まず県が作成した最新の津波浸水想定図を手に取り、不安を口にしました。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「まず驚いたのがこの地図が出されたのが「平成27年」と書いてあって、「令和」でもないのが大丈夫なのかなというのが正直不安。」

最新版は2015年3月に作成されたものです。その後、8年間情報が更新されていません。そして、

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「最大クラスの津波というところに「発生頻度は極めて低いもの」という表現がある。発生頻度が低いものって聞くと読み飛ばす人結構いる可能性あるんですよね。」

震災から12年 岩手のウチナーンチュアナウンサーが伝えたいこと

地震発生から津波が1mに到達するまでの想定を見ると、名護市では12分、石垣市では1分となっています。伊波さんは、沖縄でも岩手の「津波てんでんこ」を徹底すべきだと訴えます。

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「津波っていうのは、あの壁1枚隔ててすぐそばにあるっていう気持ちで過ごさないといけない。それを沖縄中の人たちが1回考えないといけないことだと思います。」

震災から12年を経て、津波で浸水した地域は場所によっては新しい街が整備され、徐々に人が戻りつつあるように見えます。最後に、沖縄に住む人が今被災地をあと押しするためにできること、そして万が一の事態の備えとして意識してほしいこととは・・・

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「今、町はきれいになってるけれども、できればその土地に行って、その土地の人とちょっとお話をして欲しいです。ついでにやっぱり何か東北のものを買うっていうことでもう十分だと思います。」

震災から12年 岩手のウチナーンチュアナウンサーが伝えたいこと

岩手朝日テレビ 伊波伴准さん「年に1回、3月11日は東北のことをちょっと思い出してもらうってことだけでもいいんじゃないかなと思います。そのときに友達同士でも会話をしてもし津波が来たらこうだよねっていうことを話すだけでも、もしかしたら東北のためになるんじゃないかなと思います。」

伊波さんの熱のこもった言葉から、沖縄においても「防災を考える重要性」が伝わってきます。震災から12年目の春、東北の心意気を示す石割桜は、まもなく見ごろを迎えます。