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東京都世田谷区にある学校法人和光小学校。6年生が、「平和学習旅行」で沖縄を訪れてことしで29年になります。「修学旅行」ではなく「平和学習旅行」それは、決して観光ではなく、「平和とは何かを沖縄で学ぶ」ことを意味しているということです。

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美原小崎浜洋子先生「皆さんちょっと目を閉じて何が聞こえるか聞いて欲しいじゃあ目を閉じてください。鳥の鳴き声聞こえますねここには70年前には女学生たちの笑い声やいろんな声が聞こえたと思います。」

29回目の平和学習旅行。この日は、県立第二高等女学校から学徒として動員された、白梅学徒隊の足跡をたどります。ガイドには県内の小学校の先生方がボランティアで行います。

名護小斉藤忍先生「解散の命令が6月4日に出されるその4日以降22人が亡くなっています。なんでここでほとんどの日本軍が壊滅状態なのにどうしてここでギブアップしなかったんだろうか。なんで降参しなかったのか?」

和光小6年生「久戦をしろと大本営に言われていた。」

和光小6年生「本土決戦のために沖縄は捨石だから首里から撤退して時間を稼いだ」

ガイドの質問にも積極的に答える子ども達。実は、和光小学校6年生の平和学習は5年生の12月から始まっています。前の6年生が約1年かけて学び、沖縄戦を中心にまとめた学習ノート。これを5年生が受け取るところから学習が始まります。

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和光小東田晃先生「沖縄戦を体験された方の思いを引き継いでいくというのは、29年続けてきて大事なことだと思う。戦後70年を迎え、どうしても残さないといけないということを子ども達に伝えていきたいし、引き継いでいってほしい。そいうことをやっぱりこの地に来て感じてもらいたい。」

八重瀬町ガイドの会仲本裕司さん「隣の人と手を取ったり腕を組んだりしてください。消しますよ〜(黙祷)」

女子児童「暗くて怖かった。(Qこの中に1カ月2ヵ月いることは想像できますか?)できない。」

男子児童「とても暗くてよくあんな中で患者の看病が出来たなと思いました。」

そして、この平和学習旅行で最も大切にされている時間。それは、戦争体験者から直接話を聞くことです。29年で証言者も1人また1人と亡くなり、貴重な時間として子ども達もとらえています。

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元白梅学徒中山きくさん「沖縄戦を体験して人間にとって世界中の人間にとって一番やっていけないのは戦争だと思っています。沖縄戦は人殺しと破壊。どんなことがあっても戦争は止めなければならない。」

夢中できくさんの話に聞き入った子ども達。最後にはたくさんの質問が飛び交いました。

男子児童「平和というのはきくさんにとってどういうものですか?」

元白梅学徒中山きくさん「普通に暮らせるのが平和です。特別なことじゃない。今沖縄が平和じゃないのは基地があって事件事故があって普通の暮らしができない。」

中には、こんな質問も。

男子児童「きく先生は基地問題についてどう考えていますか?」

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中山きくさん「基地を作ったからといって戦争がなくなるわけではありませんだから新しい基地をつくるなんてとんでもないと思っています。」

男子児童「(沖縄は70年前と)同じような感じ基地があって事故が起きるのは同じような感じ戦闘機が落ちてくるのも同じだと思います。」

男子児童「やっぱり今こういう基地問題とかいろいろ起こっているから来年は30回目の和光の学習旅行なのでそのためにも僕たちもしっかり伝えたい。」

自分の耳で目で見た現実、きくさんの思いを受け取った彼らが何を学び、何を感じたのか。ことしも6年生が書く学習ノートは、平和のバトンとして5年生に引き継がれていきます。