辺野古の旧盆。区を盛り上げるのは大正時代からおよそ100年の歴史を継承してきた辺野古青年会による「ヒヌクエイサー」です。

見物客母娘「太鼓とか踊りとかとても良かったです」「年寄りはこれが楽しみ。見るのがね」

青年会長・徳田真一さん「辺野古は普天間基地だけ代替施設のそれだけで向いてほしくないです正直。色々注目されることは良いことかもしれないけど、辺野古はいっぱいこういった素晴らしい行事、素晴らしい若者、老人会で盛り上がっているんだよと。」

午前零時を過ぎても続く賑やかな祭りムードの一方で、辺野古区は、この夏正念場を迎えていました。

島袋文子さん「絶対あっかんさんど。止めるから。こっちはただ戦争から生き延びてきた人間じゃないんだよ。血飲んで生きてきたんだから」

仲井眞知事の埋め立て承認を受け、弾みがついた辺野古への基地建設。ゲート前では7月から、猛暑の中、体を張っての阻止行動が続いていました。しかし・・・。

島袋夏子記者「午前2時半、大きな荷物を載せたトレーラーが次々とキャンプシュワブの中に入っていきます。」

容赦なく進められる基地建設。実はこの状況には、条件付きで容認してきた人たちも戸惑っていたのです。

島袋権勇行政委員長「途中経過でも何でもない。今の報告だけだってば!(要請に対する回答がない事に対する方針は?)クラクション。」

未明の搬入劇から1週間後、区の最高意思決定機関である行政委員会が開催されました。辺野古区はこれまで基地を受け入れる条件として、区民に対する補償などを求めていましたが、政府が出した回答は、「今の法律では難しい」というもの。半年後には海の埋め立ても始まると見られている中、この時期になっても見返りが約束されていなかったのです。行政委員のひとり、許田正儀さんは、知事の埋め立て承認のあと、政府の対応が大きく変わったと話します。

許田正儀さん「これまでは防衛省、国がお願いする立場であったんですよ。この地域に対してね。どうか国策に協力してくれと。知事が承認したあとからは逆転してしまったね。一番迷惑かかる地域だはずなのにね。この地域の理解を得るどころか話し合いもない状況でね。工事が進められるという段階でね。非常に悔しい思いしてますよ。」

海には先月14日、工事区域に巨大なブイが設置され海上保安庁の船が集結しました。

棚原大悟記者「反対派の市民が乗ったカヌーがボーリングポイントに近づこうとしていますが、海保のゴムボートに阻まれ近づくことができません。しかしその一方でクレーンで台船設置の作業が進んでいます」

小さなカヌーを何隻もの船が囲んだり、反対する人々を無理やり拘束したりする事態になったのです。こうした状況を10年前の闘いを知る人たちはどう見ているのか。遺影の男性は金城祐治さん。反対行動の先頭に立っていた祐治さんは、7年前、志半ばで病に倒れました。家族は今年の盆、祐治さんにこんな決意を語りました。

妻のハツ子さん「いつかはよい報告ができるように見守っていてくださいと言ってるけどね。今年ね絶対つくらせないように、みんなで頑張らないといけないね。私はどんな条件付きでも反対というふうにやってますからね」

金城さんのおい「何ともできないけど、何とかなるよと言うしかできなかったです。ただ、おじさんがやってきたのは無駄ではないので、何とかなるというか、絶対に誰かがつないでおくよとお祈りしました」

先週、仲井眞知事を訪ねた久辺3区の区長たち。要望書からは彼らも追い詰められていることがうかがえます。

辺野古区嘉陽宗克区長「以下の要望が受け入れられない場合は、私たちは命がけで計画の実施に反対する覚悟であります。色んな意見がありますので、我々も狭間で色々苦労しているという部分は、皆さんご理解していただきたい」

子や孫のためにと反対する人たち、地域の発展のためにと受け入れることにした人たち。全てを置き去りにしたまま政府は国策という名のもとに、計画だけを進めています。