シリーズ「たどる記憶つなぐ平和」です。戦時下に海の上で犠牲になった船「戦時遭難船舶」を取り上げます。
台湾有事の住民避難も取りざたされている中、この事実をどうとらえるべきなのでしょうか。2023年に放送した特集を一部再構成してお送りします。
「どんなに船でですね、避難しようといったって、ミサイルの攻撃に遭えば、避難なりの話じゃなくて、ほとんど海で犠牲になってしまう」
こう語る、名護市に住む大城敬人さん。太平洋戦争下の1943年12月、アメリカ軍に撃沈された定期船「湖南丸」に乗っていたおじを亡くしています。

那覇から鹿児島に向かっていた「湖南丸」。遺族会が戦後に発行した資料には、数少ない生存者の証言が残されていました。
生存者の証言録「月夜でしたので、顔の表情はわかりませんが、たくさんの人たちが筏にすがって泳いでいました。船はしばらくして船首を上にもたげて沈んでいきました」
1995年に県が設置した委員会がまとめた報告書では、県関係で戦時下に撃沈された定期船などは26隻。県民の犠牲者は少なくとも3427人に上っています。「湖南丸」のような本土と沖縄を結んでいた定期船「対馬丸」のように疎開する人を乗せた疎開船、日本が植民地支配していた島々からの引き揚げる人を乗せた引き揚げ船などが米軍の標的になったのです。

こうした海での犠牲の実態は、船舶会社の事故報告書が見つかる1980年代までほとんど解明されませんでした。大城さんはその背景をこう語ります。
大城敬人さん「海軍が機密主義で、一切事故については報告されない明らかにされなかった」「風の便りで亡くなったらしいといっても、葬式を出そうというものなら、憲兵が来て、それを阻止する。止めろと。これは公表されていないもんだと」
湖南丸が沈められた当時の沖縄近海の状況を示す資料が、県公文書館に収められています。湖南丸を沈めた、アメリカ海軍の潜水艦・グレイバックの行動記録です。湖南丸が沈んだ鹿児島県・口永良部島沖に「ATTACK(攻撃)」の文字が刻まれています。

潜水艦は1943年末から44年の初頭にかけて、南西諸島各地で商船などを攻撃しており、沖縄への米軍上陸前から周辺海域がすでに戦場だったことを物語っています。
「湖南丸」での県民の犠牲者は560人以上。少年飛行兵を志願した若者や、軍需工場に動員される人たちなど、戦争に協力するため移動していた人たちがほとんどでした。名護市議を務める大城さん。市民から相談を受けたことをきっかけに遺族の補償問題に取り組んでいます。
大城敬人さん「国の戦争政策・総動員令で犠牲になっている」「国に責任があるんだと。何年たったからもう知らん顔するなんていうことは、許されないんだという思いで、いつも訴えているんですよね」
いま、台湾有事などを念頭に、国民保護法に基づく有事の住民避難の議論が進んでいます。
与那国町住民「危機が迫って、万が一こんなことになってしまった場合には、私たちは民間と軍は、一緒には逃げられないということは確かですよね」

大城さんは台湾有事の住民避難と戦時遭難船舶の被害の実相を重ね合わせてみていました。
大城敬人さん「南西諸島島しょ作戦ということで、島々を利用して戦闘する・展開するっていうんですが、それによって多くの県民が犠牲になるということとが分かりながら、戦争に巻き込むという状況下で、船で避難するなどということはさる戦争における戦時遭難船舶の実相というのを状況に見るにつけ、ほとんど県民の命を守ることはできないんだと」「ミサイル攻撃に晒されれば、戦前のあの大戦の時の比ではない。海での犠牲は。そういうことから鑑みれば、避難ということは無謀だと」
那覇市の公園には、戦時遭難船舶の犠牲者を追悼する海鳴りの像がたたずんでいます。毎年、6月23日に執り行ってきた慰霊祭。再び海で県民が犠牲になる懸念を抱えながら、大城さんは海に消えた命を弔い続けています。

大城敬人さん「台湾有事を作り出さないような国の外交力を利用し活用して、しっかりと県民が安心して安全に暮らせるような、そういう状況を作ることこそが、政治としても政府に求められているんじゃないかと思うんですよね」「国に対して犠牲になられた方々の補償などを要求してきても、国は責任を持たない。家族の遺骨がかえってくることはない。」「これをさらにまた多くの犠牲者を生むというようなことはね、あってはならないと。そう思うんですよね」
大城さんら戦時遭難船舶の遺族会はことしの6月23日も、慰霊祭を開く予定だということです。一方でことし対馬丸記念館の調査で、1995年の県の調査とは別に、少なくとも沖縄関係の船5隻が被害にあっていたことがわかりました。
戦後80年の今、戦時下の犠牲をなかったことにしないためにも、改めて詳細な調査が必要になってきています。
沖縄と自衛隊(10)戦時遭難船舶と国民保護/有事の避難と国の責任は?