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今を生きる私たちが沖縄の未来を見ていくシリーズ、イマジン沖縄です。きょう6月1日は「かりゆしウェア」の日。

沼尻さん、日本に流通する衣類のうち国産品の割合はどれくらいだと思いますか。このグラフは、国内で販売される衣類の何%が輸入品かを示したものなんですが、2021年、全体の98.2%が外国産なんです。

ということは、メイド・イン・ジャパンの衣服は全体のたった1.8%、例えば家庭のタンスに100枚の服があるとすると日本製はたった2枚にも満たないんです。年々海外からの輸入に国産の衣類が押されている現状があります。

そんな中、私たちが着ているかりゆしウェアは1997年と2021年で比べると6.5倍にも製造枚数が増えている、元気な業界なんですよ。伸びしろの大きさを感じさせる「かりゆしウェア」をひも解きます。

県庁前「涼しくていい感じです。気持ちいいです」「見た目が涼しげになるのでいいと思う彩りも出ますし」「3方向から風が入るというかすごく着けやすくて気候に合っているなと思う」

むし暑い梅雨の季節も快適に爽やかに過ごそうと、街では色鮮やかなシャツに身を包んだ人々の姿が多く見られます。南の島・沖縄の夏をカラフルに彩る、県産品の「かりゆしウェア」です。

#IMAGINEおきなわ vol.20 「かりゆしウェア」

県衣類縫製品工業組合 美濃えり子さん「かりゆしウェアの定義というのは2点あって、まず1点目が沖縄県産品であること、もう1点が沖縄らしいデザインであることが条件になる。この2点を満たしたかりゆしウェアには必ずこういった下げ札かりゆしウェアを表する下げ札が付いているので確認してほしい」

ウェアに付けられた龍柱のタグが、生地を切る裁断から仕上げまで、すべての作業が一貫して県内で行われたことを示す”メイドイン・オキナワ”の証です。戦後のものが乏しい混乱期を手に職をつけることで生き抜こうと女性たちの間で衣類を仕立てる縫製業が人気を博しました。

そんな本土復帰前の沖縄で、かりゆしウェアは産声を上げたのです。

県衣類縫製品工業組合 美濃えり子さん「沖縄県の観光視察団が観光のトップランナーであるハワイに視察に出かけた際に、迎え入れた現地の人が「皆さんどうして観光を見に来たのにスーツにネクタイで来たんですか。ここはハワイですよ、ハワイのアロハシャツに着替えて、ハワイの風を感じて持ち帰ってください」と言われて」

沖縄でもビジネスの場ではスーツが主流だった時代、「アロハシャツ」に感銘を受けたのが、のちに沖縄観光の父と呼ばれる宮里定三さんです。

#IMAGINEおきなわ vol.20 「かりゆしウェア」

県衣類縫製品工業組合 美濃えり子さん「これだ!と、着るだけで沖縄を感じられるようなものを作りたいということで始まったのがかりゆしウェアの前身になる」

帰国後早速、県民にデザインを募り1970年に元祖かりゆしである「おきなわシャツ」が販売されます。開襟スタイルで、赤いハイビスカスを大胆にあしらったシャツと、守礼門と龍樋、そしてOKINAWAのロゴを入れた2種類からスタートしました。

県衣類縫製品工業組合 美濃えり子さん「当時の販売価格が高額であったということと、まだ名称が統一されていなかったということもあって簡単に普及には至らなかったようです」

シャツは2$で買える時代に5$で販売されたおきなわシャツの売れ行きは振るわず、売れ残った在庫は、ホテル従業員などのユニホームに充てられました。

その後もトロピカルウェアや沖縄アロハなどメーカーによって名称や定義がバラバラで県内ですんなり浸透したわけではありませんでした。

しかし「ハワイに負けない観光地へ」という機運は高まり続けていました。最初のかりゆし発売から30年が過ぎた2000年に転機が訪れます。

県衣類縫製品工業組合 美濃えり子さん「日本に来たからといってみんなが着物を着るわけではないように、訪れた土地の衣服を着るのは非常に珍しいことのようで」

#IMAGINEおきなわ vol.20 「かりゆしウェア」

「九州・沖縄サミット」で各国の首脳がかりゆしウェアを着たことで多くの人に知られるようになったのです。名称を「かりゆしウェア」に、定義も「県産品で沖縄らしさを表現したもの」と統一して臨んだことで知名度が一気に全国区へと押し上げられました。

「クールビズ」やテレビドラマによる「沖縄ブーム」など時代の波も普及の後押しとなって、かりゆしウェアは「沖縄を代表する県産品」となりました。

糸満市にある工場では、20代~60代までの61人が毎日300着ほどのかりゆしウェアを製造しています。一部の生産ラインには機械が導入され、効率よく作業が進められていきますが、最後は必ず時間をかけて「人の目」で品質を確認しています。

日進商会 大城直也社長「全国、世界に発信していくというもので、恥ずかしくない、逆にメイド・イン・オキナワだからいいねっていうふうに言わせたい」

しかし、戦後の沖縄で人気を集めた縫製業も時代の変化とともに人々が手仕事から遠ざかり、産業人口は減少しています。そのため、夢の実現には、業界に横たわる「人材不足」に対するアプローチが求められます。

日進商会 大城直也社長「若い子たちにどうやって夢を与えて縫製業というのはすごく身近であって、とてもいい仕事だということを伝える、これからやっていかなくちゃいけない課題だと思っている」

#IMAGINEおきなわ vol.20 「かりゆしウェア」

若年層に縫製業に関心を持ってもらおうと、県内の学生を対象にした「デザインコンテスト」が開催されています。

日進商会 大城直也社長「これをデザインすることによって、こんな面白いものが沖縄にある、沖縄に産業としてあるということで沖縄の可能性というか沖縄に誇りと自信を持ってもらい、将来の担い手としてみなさんに考えてもらう一端になってくれれば」

誕生から50年あまり。工夫を重ねながら県民とともに進化を遂げるかりゆしウェアのこれからを業界はどう見ているのでしょうか。

Qかりゆしウェアの未来は?日進商会 大城直也社長「沖縄といえばかりゆしウェア、かりゆしウェアと言えば沖縄と世界の人にもやっぱり知ってほしい。いずれそう言わせてみたいと思っている」「特に縫製業は結構、国内でも少し斜陽気味だと言われているが、沖縄はそんなことなく元気だと言えること、今後先にも、それを目指して頑張りたい」

沖縄発のアパレル「かりゆしウェア」業界を元気に!沖縄を世界に!という思いをのせてきょうも軽やかに沖縄の風を運びます。

#IMAGINEおきなわ vol.20 「かりゆしウェア」