さて4月1日、新年度が始まり、新たなスタートを切るという方も多いかと思います。そんな中、甲子園を沸かせたあの投手も、母校で新たな一歩を踏み出しました。

私立興南高校。この学校に、あの人が帰ってきました。

我喜屋優理事長「島袋洋奨殿、令和2年度4月1日付けで学校法人興南学園契約職員として任命する。」

沖縄が沸いた、甲子園春夏連覇。その中心にいたエース・島袋洋奨さん。あれから10年、きょうから母校の職員として働くことになりました。

島袋洋奨さん「身の引き締まる思いが強くて、まずは仕事を覚えることと学校に貢献できるように、自分がどうすべきかを考えて行動していきたいと思います。緊張が大きいですね。」

我喜屋優理事長「これからの人生は終わりのないスコアボード。最後に勝ったかどうかは最後にしかわからないので、その経過を大事にして。余裕が出ればアマチュアを教えられるよう資格を取って、さらにまた野球を通して大きな発展のために頑張ってくれると期待しています。」

新たな一歩を踏み出す島袋さん。今の思いを、高校時代に通っていた教室で聞きました。

島袋さんは高校を卒業後、中央大学、そして夢のプロへ。しかし、5年間で1軍登板はわずか2試合。去年、戦力外通告を受け引退を決断しました。それでも、現役に全く未練は無いと話します。

島袋洋奨さん「みんながみんな経験できる場所ではないので、そこで5年間野球をやれたというのは大きな財産になりました。成功ばかりの人生は無いと思うので、生徒たちがそうなった時にどう考えてくれるかというのを、僕の経験を伝えることで、また1つプラスになってくれればいいと思っています。」

島袋さんは今後、働きながら勉強をし、教員免許の取得を目指していきます。

島袋洋奨さん「不思議ですね。こうやって教室に帰ってきて、こっちに立っているのが。これからここを目指して頑張っていく。また自分も新しい目標ができたので。」

そして、何よりも戻りたい場所が。自身が3年間汗を流した興南高校のグラウンド。プロを経験した島袋さんは、日本学生野球憲章の決まりで12月に開かれる研修を受け、学生野球資格を回復してからでないとこのグラウンドで後輩たちに指導することはできません。

島袋洋奨さん「『指導者として戻ってくるなら興南』というのもありましたし。僕は我喜屋監督をはじめ、いろいろな人に支えられて過ごした3年間が一番、成長を感じられた時間だったので、僕も生徒にそういうふうに何かを伝えていけるように、人として成長していきたいと思っています。気を引き締めてこのグラウンドに降りられる日が来ることを目指して頑張ります。」

興南・島袋洋奨。新たな目標に向かって、全力投球の日々が始まります。