首里城の火災からきょうで1週間あの日の光景を見つめた人々の思いをまとめました。

崩れ落ちた琉球赤瓦の屋根… 真っ黒に焼け残った柱… 国指定の名勝となっている書院鎖之間の庭園は樹木の一部が焼損。建物の内部も延焼し、展示室のガラスケースも破損していました。正殿、北展、南展が全焼するなど11時間にわたって9つの建物に燃え広がりました。

火災による被害は73億円にものぼりました。首里城の火災から1週間…

島根県から来た観光客「沖縄の方々の戦後の復興の象徴として、シンボルとしてつくられたことを思うと大変残念だと思いました。今回、楽しみにして来ましたけど、本当に残念でなりません」

修学旅行生「一応、一目見たいなという沖縄の方々がどういう気持ちなのか、それで知れるかもしれないと思ったので、規制がかかっていたので、具体的にどうだったとかはわからなかったですけど、全体的な雰囲気としてはすごい重たい雰囲気が漂っていて(火災の)悲惨さを物語っていたと思いました」

年間280万人が訪れる観光の要所でもあり沖縄のシンボルでもある「首里城」を間近で見続けていた人がいました。

石崎雅彦さん「いつもはこのライトアップされた首里城を見るのが楽しみでいつもここにいるんです」

石崎雅彦さん、首里の街で育ち、今では地元の自治会にも携わっています。火災の一部始終を撮影し続けていました。

完全に首里城がシルエットで浮かび上がるくらい出てきましたね

石崎雅彦さん「もう、完全に首里城がシルエットで浮かび上がるくらい出てきましたね」「本当に落ちるのを見るだけで悔しくて悔しくて…」「世界に誇れる琉球文化の象徴が復元されて、どこに行っても首里城のそばですよと言ってきたのに… もう、生きている間は見れないじゃないですか… ああ、残念ですとにかく」

首里城が焼失した「寂しさ」「喪失感」… 落ち込んだ気持ちを盛り上げようと支援の輪が火災の直後から広がりました。

久場川町の旗頭「首里城、再建するぞー!!」地元の青年会が旗頭を披露。勇壮な旗頭に観客も勇気づけられました。

首里城の近くにキャンパスを構える県立芸術大学の学生や牧志公園前でも募金呼びかけ「募金をお願いします」県内の高校生たちが再建のための募金を呼びかけました。

城間那覇市長「県内はもとより全国各地、そして、海外からも早々と寄せられた多くのみなさまのご厚情に胸が熱くなるばかりであり、深く感謝を申し上げます」

那覇市では火災の翌日からふるさと納税を活用して寄付を募っていて、これまでに3億8000万円を超える善意が寄せられています。

これまでに3億8000万円を超える善意が寄せられています。

広がる支援の輪… 一方で、ある懸念が生まれています。

火災直後から休園が続いていた首里城公園、おととい、一部の施設を開園。徐々に観光客の姿も戻ってきました。

琉装コーナーのスタッフ「4、5日ずっと沈んでいると思うんで今から頑張らないといけないという気持ち」

火災から一週間、首里城の周辺にある飲食店やショップへの影響が懸念されています。

記者「火災から一週間、公園内の土産物店も徐々に再開してきましたが、人はまだまばらです」

アイスクリーム店「けっこうな減少ですよね。メインの首里城がないもんですから、みなさんね周りを見て帰るような状態なのでどれくらい減少したんだろう、半分くらいですね」

Tシャツショップ「きょう(店を)オープンさせたので、客の流れがまだわからないんですよね。様子を見ようと思ってお店を開けたんですけど、たくさんのお客さんが来ていただかないと、厳しいと思います」

首里城公園によると、火災発生後、修学旅行や団体旅行のキャンセルが相次でいるといいます。またその対応に追われ、正確なキャンセルの件数は把握できていません。

慶佐次さん「やっぱりショックは否めないけど、落ち込んでばかりはいないで、別のルートでガイド活動をやっていこうと」街歩きガイドの慶佐次興和(けさし・こうわ)さん。20年近く、首里の魅力を観光客に伝え続けてきた人です。本来なら、ガイドの申し込みもピークのこの時期ですが、火災後、予約のキャンセルが止まらないと言います。

Q火災後にガイド申し込みのキャンセルはある?慶佐次さん「はい、もう頻繁にあります。毎日20~30件くらい(キャンセルがある)事務局は今悲鳴を上げている。その代わり、別のルートをおすすめしてるが何といっても首里城がナンバーワンですからね」

何といっても首里城がナンバーワンですからね

街角ガイドでは、周辺の玉陵や金城町の石畳など首里城以外のルートを提案し対応しています。慶佐次さんは「火災は大きな痛手」と肩を落としつつも、今だからこそ、首里城の歴史を発信していきたいと話します。

慶佐次さん「これを生き返らせる力というのはウチナーンチュは持っている」「根気よく、長く続くようなガイド活動ができればと思っています。みんなガイドもそういう風に思っています」