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1974年、今から41年前の3月2日、那覇市小禄の幼稚園で不発弾が爆発し、4人が亡くなりました。当時の悲惨な状況を後世に伝えようと、記念碑が建立されました。

式典には、園児や保護者、当時の関係者などが参加。平和への祈りがささげられました。この事故は、1974年の3月2日、聖マタイ幼稚園の敷地内で行われていた側溝工事の現場で、パイル打ち込み作業の最中に不発弾が爆発。

3歳のこどもを含む4人が死亡、30人余りがけがをしたものです。当時、幼稚園ではひな祭り会が開かれていて、園児178人とその家族数百人が参加していました。

当時の園長で、教会牧師だった鬼本照男さんは、3歳のこどもを助けようとした当時のことを今も鮮明に覚えています。

鬼本さんは「泥の中から、小さい子どもの手が出ていました。手でもって掘り起こし、ピンクの洋服を着ていた女の子を抱きかかえましたけれども、既に命はありませんでした」と話していました。

式に参加した城間幹子那覇市長は「不発弾が処理されて初めて沖縄の戦後は訪れると思う。行政として、不発弾の処理促進に努め、恒久平和の実現に取り組みたい」と話しました。