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沖縄水産高校を率いて甲子園で夏2度の準優勝を果たし、沖縄の高校野球界を引っ張った栽弘義さんが8日午前、入院先の病院で亡くなりました。65歳でした。

栽弘義さんは2007年3月に入院し、心臓のバイパス手術を受けて、療養中でした。一時、回復したもののその後、肺炎を併発し、8日午前10時34分に亡くなりました。裁さんは、豊見城高校と沖縄水産高校を率いて甲子園に出場。その数は18回を数え名監督として知られていました。また、1990年と91年に沖縄水産を2度の準優勝に導き沖縄旋風を巻き起こしました。尚、告別式の日程はまだ、決まっていません。