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沖縄戦当時、人々が避難した糸満市福地の壕で戦没者と見られる遺骨が発見されました。この壕は、沖縄戦当時、糸満市福地の住民が避難した場所です。

戦没者と見られる遺骨を発見したのは20年以上遺骨収集のボランティアを続ける浜田哲二さんと律子さん夫妻です。浜田哲二さんは「こちらの方が足の骨だと思います。それでこの下肢に対して頭の骨がここにあるわけです」と話しました。

この日は、膝や耳、下あごの骨など少なくとも2人の遺骨が見つかりました。浜田哲二さんは「石も吹き飛ばして、中の人たちをね、言えばバラバラにしてしまう、もう遺骨がバラバラなので、そういうすごい威力のある武器で打たれたんじゃないかなって思います」と話しました。

糸満市史などによりますとこの壕は、沖縄戦当時、多くの福地の住民が避難し1945年6月中旬日本兵によって住民が全員追い出されたという証言が残っている場所です。

福地出身の写真家・大城弘明さんは「びっくりしましたね。(遺骨)収集終わっているという形で表面の全部とったんで、まさか、埋まっていると思ってないんで」と話しました。

福地出身の大城弘明さんは、1972年、ガマを撮影していて当時ここには、ガスマスクや軍靴があり、今回見つかった遺骨は「日本兵のものではないか」と話しています。

また、この壕では、2025年、私立開南中学校の校章も見つかっています。

浜田哲二さんは「開南中学校の学徒がここで亡くなっている可能性が高いという風に見てますので」と話しました。

浜田さんは、日本兵や開南中学徒の遺族にDNAの鑑定を呼びかけさらに調査を続けたいとしています。