著作権や肖像権などの都合により、全体または一部を配信できない場合があります。
太平洋戦争末期、アメリカ軍に撃沈された学童疎開船「対馬丸」について28年ぶりに実施された水中調査の映像を内閣府が公表しました。
疎開船「対馬丸」は1944年8月22日に、鹿児島県・悪石島の北西およそ10キロの沖合でアメリカ軍の潜水艦の攻撃を受け沈没、乗っていた児童784人を含む1484人が死亡し、遺骨や船体の引き上げは実現していません。
2025年11月から12月にかけて、28年ぶりに水中調査が実施され、内閣府は撮影した対馬丸の映像を公表。船体の中央付近には、魚雷攻撃を受けたとみられる2つの大きな穴が新たに見つかりました。遺骨や遺品は見つからなかったということです。
内閣府は今後、周辺の海底で収集した木片や金属片などの解析を進める方針です。
また、対馬丸記念館では、2026年3月27日から船体周辺で収集された木片や水中調査映像の一般公開が始まりました。展示ブースには今回の調査で引き上げられた長さ20センチほどの木片や3キロほどの砂も公開され、訪れた人は展示品を見つめながら82年前に起きた事件の実相に触れていました。
来館者「リアルに残っているということは全然昔の話ではなくて、つい最近まで思い出せるものなんだなという感じで」「無関係ではいられない」
今回の調査に対して対馬丸記念館は、水中調査は研究の実証や検証に繋がっていく、技術が進み、船の中も調査できたら」とコメントしています。
