首里城の今を追いかける「復興のキセキ」です。再建が進む首里城正殿には先週、厄除けとされる「鬼瓦」が設置されました。その制作に携わったのが壺屋焼の陶工でもある親子です。復元への思いを聞きました。
鬼瓦は先週、阿形と吽形の1対が正殿屋根の正面と背面に据えられました。

「鬼瓦」造形担当・新垣光雄さん「今回で首里城は燃えない力が入っているので」「見てすごいなと感動が伝われば一番ありがたい」
読谷村にあるやちむん村は陶器やガラスなどを制作する県内の芸術家が集い古の文化を今に伝えています。
島袋常秀さん「壺屋の職人でもできるのでは?と思ってやらせてくださいと手を挙げた」
壺屋陶器事業共同組合の理事長を努める島袋常秀(しまぶくろ・つねひで)さん。富と繁栄をもたらした琉球王国時代の伝統工芸品・壺屋焼の陶工として歴史と文化を象徴する首里城正殿の復興に携わりたいと考えていました。
島袋常秀さん「壺屋の人たちは食器が中心だがシーサーの鬼瓦に挑戦するのもいいのではとやらせてもらいたいと」

自ら手を挙げて挑戦した「鬼瓦」の復元。そこには頼れる存在が。
島袋常秀さん「(息子に)全部任せている1人の感覚でやらないと均一なものができない、ムラが出ても駄目、そういう意味では僕はアドバイスとか補佐はするけど実際にやるのは息子」
島袋啓太さん「やるからには責任を持ってやろうという気持ちではあった」「積極的にコミュニケーションを取って最初にやると言ったメンバーと一緒に頑張っていこうという気持ちで関わらせてもらっている」
ともに手を取り合って始めた作業。平成の復元時とは違う伝統を取り入れています。
島袋常秀さん「沖縄伝統の釉薬を使っている」

島袋圭太さん「平成と令和の違いでは沖縄の原材料とか沖縄で使われてる釉薬をベースにしようと沖縄伝統の釉薬・壺屋焼で使われている釉薬を使っていこうと徹底している」
白釉(はくゆう)や緑釉(りょくゆう)など6種類におよぶ釉薬。中でも真鍮粉で作られ美しい色合いを出すオーグスヤにこだわった理由が。
島袋常秀さん「沖縄ならではの真鍮粉を使うのは沖縄ならではの調合方法」「壺屋の伝統であってそれが使用されることは非常に意義があるのかなと思っている」
陶磁器の表面に付着したガラスの層を指す釉薬。温度調整が難しい調合では試行錯誤を繰り返し、1年の期間を要しました。
島袋常秀さん「オーグスヤという緑の釉薬、最初調合したものが非常に釉が溶けやすくて流れる」「流れないようにするにはどうしたらいいかと何種類かいっぱい作って」「ようやく釉薬が止まってなおかつ色がきれいに上がる状況ができたこれでいこうと」

さらに高精細化された鎌倉芳太郎の資料をもとに平成時より大きくなり、これまでの石膏原型から手びねりの製法に変化しています。
島袋啓太さん「前回より大きい石膏原型で抜くとなると難しかった。石膏原型では無理な大きさだった」「いろいろなパーツで組み合わせる予定だったが耐荷重とか耐震性、地震があった時とか(首里城は)風が強いので屋根の上で揺れたりして割れやすいらしいので、そういったことも含めると手びねりで一体型で作った方が安全だろうと」
壺屋焼ではあまり例がないコンプレッサーを用いた吹付。釉薬の状態を確認しながらの慎重な作業が求められました。
島袋常秀さん「(窯から)出す時のドキドキ感、それと実際にできてきたものがうまくいっているとよかったなという、食器を扱うときは大体こうなるというのは分かる」「今回の場合は開けて窯を見てみないと分からないというのがあって精神的に非常に大変」

正殿の屋根に据えられた鬼瓦に親子が思うこととは?
島袋常秀さん「首里城の一部を飾るということでは、私たちも行く度に壺屋の技術が入っているという気持ち、説明もできれば私達もそれに対しての誇りも出てくる。非常に首里城に見に行くのが楽しみになる」
島袋啓太さん「視覚的にはあっち(龍頭棟飾)が明らかに大きい。今回は俺たちもいるぞみたいな感じで大きくなりました、という感じには見受けられるかもしれない」
受け継がれてきた壺屋の伝統の技。再び正殿の復元を歩み後世に託されていくことを親子は願っています。
島袋常秀さん「壺屋焼きの技術が生かされてることでは私たちにとっては誇りだと思う」「息子がある程度習得しているので受け継いでいってもらって後継者に渡すということでいいのかなと思っている」

島袋啓太さん「きれいに見栄え良く、みんなが立派だなと思ってもらえるような形になってほしいなと思う」
古の文化が蘇る首里城正殿。壼屋の伝統によって首里城を守る「龍」と災難を取り払う「鬼」が彩られる復興が近づいています。