学校の給食に満開の笑顔を咲かせたり、お母さんと一緒に海水浴を楽しんだりと、愛嬌たっぷりな表情が印象的なこちらの彼女。古澤環ちゃん(ふるさわ・たまき)ちゃんと言って、6人家族・古澤家の長女なんです。

生まれつき心臓に奇形があって、上手く血液を流せなくなる重い心臓病とともに、ほとんど耳が聞こえない難聴も抱えながらも、持ち前の明るさで、家族や学校の友だち、周りの人たちを笑顔にしてきました。

しかし、病状が悪化し、1年前、10歳という若さでこの世を去ってしまいました。そんな環ちゃんの一周忌にあわせて、写真展が企画されています。悲しみの中にあるであろう今、家族はなぜ写真展の開催に踏み切ったのでしょうか?

キラキラ生きた!たまきの10年

あるときは、大好きなサングラス姿で女優のようにポージング。またあるときは、妹を泣かせて、したり顔。たまに、イジワルもしちゃうけど、愛嬌たっぷりな彼女の名前は、古澤環ちゃん。

去年1月に亡くなってから1年、家族を失った悲しみに負けず、お父さんお母さん、妹、弟、周りの人たちが協力して写真展をひらきました。

母・古澤さや夏さん「なんか、お家でチーンてなるのがいやで、すごく悲しくなるんですよね。死んだ瞬間ばかり思い出して、命日が来る前から怖くて。その日を楽しく迎えるのになんかいい方法ないかなっていうのが、半年前くらいに思い付いたのが写真展で。」

父・古澤健太郎さん「彼女のキラキラした10年間にちょっとふれさせていただくみたいなスタンスでいるので。」

キラキラ生きた!たまきの10年

環ちゃんは、2009年、古澤家の長女として生まれました。先天性の心臓病を患い、つねに酸素吸入のチューブが必要でした。また、両耳がほとんど聞こえないため、話すことはできません。

だけど、環ちゃんは、コミュニケーションの達人。妹から誕生日プレゼントもらった時には、「照れ笑いと嬉し泣き」の演技で周囲を沸かせてくれました。

そんな環ちゃんの家族との日常や病と闘う様子を、父・健太郎さんと母・さや夏さんは、写真におさめ続けてきました。

キラキラ生きた!たまきの10年

先月20日、写真展を2週間後に控え、古澤家は、準備に追われていました。写真の選定や展示は、デザイナーをしている友人夫妻が手伝ってくれることになりました。

実は、この時、さや夏さんは、4人目の子ども・史真くんを1週間前に出産したばかりで、新生児から目が離せない状態でした。それでも写真展は、環ちゃんの1周忌におこなうと決めていました。

環ちゃんの1周忌とともに迎えた本番当日。会場の柱や階段まで目一杯活用して、およそ200点の写真や、家族みんなで描いたアート作品など、環ちゃんが生きた10年間を詰め込みました。

さて、父・健太郎さん、母・さや夏さんのお気に入りの1枚は?

キラキラ生きた!たまきの10年

父・健太郎さん「やっぱり、これですよ。僕が撮ったはずです。妹の友達に自分の傷を自慢している環という、たまらしいな。」

キラキラ生きた!たまきの10年

母・さや夏さん「愛嬌ある感じで外面はけっこういいんですけど、本人結構、長女でいじわるで、なところもあって、うたの誕生日のときに自分が先に消して、してやったりの顔してる写真なんですよ。壮絶に悲しんでいるところと、彼女がウッシシみたいな」

写真展には、環ちゃんの成長を見守ってきた学校や病院、友人たちが大勢かけつけてくれました。

訪れた人「言葉は発せなかったですけど、いつも明るくてひょうきんでムードメーカーだったので、それが思い出されて、とても懐かしいです。」

訪れた人「病気で苦しいこともほんとあるんでしょうけど、とても明るくて、幸せそうな表情ばっかりなので。」

訪れた人「本当に仲の良い家族なんだなというのが伝わってきて、自分も子供ができたときに一緒に家族で沢山写真撮りたいなって思いました。」

キラキラ生きた!たまきの10年

母・さや夏さん「入院で大変なことも残っていたりするんですけど、たいていはやっぱり笑顔だったりとか、彼女が頑張ったことだったりとか、イベントが多いので、見ていたらやっぱり、勇気づけられるし、むっちゃたのしそうじゃん私たち、みたいな、楽しい気持ちになれるので一緒に環の思い出を共有して、悲しいだけじゃなくて、楽しい気持ちが湧き起こったらいいなっていう期待を込めて。」

母・さや夏さん「親ばかな、うちの子こんなかわいいんです。たま自慢みたいな感じ。おまつり好きのたまのために、楽しい会ひらきましたみたいな、たまがこの場所にいたら、ぜったい喜ぶ場所です。」