2年前に亡くなった復帰後7代目の沖縄県知事・翁長雄志さん。先週土曜日は三回忌が営まれました。亡くなった後も多くの書籍が出版されるなど、今なお根強い人気があります。きょうは、その折々に発せられた言葉から沖縄の今を考えます。

2018年8月8日、膵ぞうがんのため、任期途中で病に倒れ亡くなった前の沖縄県知事翁長雄志さん。67歳でした。

先週土曜日、那覇市にある翁長さんの自宅ではコロナの影響も考慮し、親しい人だけで3回忌がひっそりと営まれまていました。

Qプラスリポート 翁長さんが「遺した言葉」

翁長那覇市長(当時)「改めて、この辺野古の海を埋め立てをさせてはいけない、絶対に阻止をしようと固い決意を固めております」

2014年9月20日。辺野古の浜で行われた新基地建設反対の大会に、当時、那覇市長だった翁長さんが参加。「新基地建設を絶対に阻止する」との宣言からおよそ2カ月後…。

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翁長さんは、移設容認の現職知事に10万票近い大差をつけ当選します。沖縄の思いを伝えようと上京するものの、安倍総理などには会ってもらえず。

ようやく、菅官房長官との会談が実現するのは知事就任から4カ月余りのこと。そこで翁長さんは、沖縄の戦後の歴史を振り返りながら、新基地建設反対を強く訴えます。

翁長知事(2015年4月5日)「私は今日まで、沖縄県が自ら基地は提供したことはないんだということを強調しておきたいと思います。普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場、基地も全部戦争が終わって沖縄県民が収容所に入れられて、基地に変わった。私たちの思いとはまったく別に、すべて強制接収をされたわけであります。自ら奪っておいてですね、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、今や世界一危険だから、普天間(基地は)危険だから大変だという話になって、その危険性の除去のために“沖縄が負担しろ”と“お前たち代替案は持っているのか、日本の安全保障はどう考えているんだ”と。“沖縄県のことも考えているのか”というこういった話がされること自体が、日本の国の政治の堕落ではないかと思っております」

翁長さんが「政治の堕落」とまで指摘した辺野古新基地建設は、国との9度目の裁判が継続するなか、軟弱地盤や活断層など様々な問題が浮上。しかし、現在も政府の強行姿勢は変わっていません。

手を合わせ、頭を垂れる翁長さん。これは2016年4月、元アメリカ兵の男に殺害された20歳の女性の遺棄現場で献花した時の写真です。

翁長知事(2016年)「先日、被害者が遺棄された場所に花をたむけ、手を合わせて参りました」

県民大会事件からおよそ2カ月後、女性殺害事件に抗議する県民大会。主催者発表でおよそ6万5000人が参加しました。

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翁長知事(2016年6月19日)「心の底から『あなたを守ってあげることができなくてごめんなさい』と言う言葉が出て参りました。20年前のあの痛ましい事件を受けての県民大会で『二度とこのような事故を繰り返さない』と誓いながら、政治の仕組みを変えることができなかったことは、政治家として、知事として痛恨の極みであり、大変申し訳なく思っております」

こうした、折々に発せられた翁長さんの言葉は「常に沖縄の歴史を踏まえたうえで今を語っていた」と話すのは、沖縄の戦後史や日米安保問題に詳しい沖縄国際大学の野添文彬准教授です。

沖縄国際大学・野添文彬准教授「翁長さんの言葉というのが、ある意味、普遍性を持っていると言うところに惹きつけられる人々も多いのではないかと思います。翁長さんの言葉と言うのは、沖縄がこれまで置かれてきた歴史ということを踏まえたうえで、今の現状を捉えている。そういうところで非常にわかりやすかったし、人々の印象にも残ったのではないかと思います」

一貫して辺野古新基地建設に反対し続けた翁長さんの姿勢は最後まで変わることはなく、亡くなる直前の2年前の慰霊の日の平和宣言では安倍総理を前に改めて思いを訴えました。

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翁長知事(2018年6月23日)「平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。“辺野古に新基地を造らせない”という私の決意は県民とともにありこれからもみじんも揺らぐことはありません」

野添准教授「“沖縄県民はこれまで日本政府やアメリカ政府の言いなりだった”と。“自分は最後まで自分の言いたいことを言って貫くんだ”ということをおっしゃっていました。まさに、これまで日本政府に翻弄されてきた沖縄の人々の歴史のなかで、自分たちの誇りをしっかり持ってやっていくんだというそういうメッセージがあったと思います」

この宣言の後、およそ2カ月後にこの世を去った翁長さん。保守政治家として、新基地建設に反対を続け、発し続けた言葉は、亡くなって2年が経っても色あせることなく、輝きを放っています。

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翁長知事(2016年6月19日)「グスーヨー!マキテーナイビランドー!ワッターウチナーンチュヌクワウマガ、マムティイチャビラ。チバラナヤーサイ!(皆さん!負けてはいけない!私たちウチナーンチュの子や孫を守っていかなければ!一緒に頑張りましょう!)」

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