QABのアナウンサーが県内各地を歩き、歴史や文化などを紹介する「お散歩プラス」今回は焼失から半年となる首里城を歩く第2弾です。

過去4度の焼失を乗り越え、復興を遂げてきた首里城。そこには復元に尽力した偉大な人物の存在がありました!首里城に隠された「火と水にまつわる物語」を紐解き、「沖縄ならではの世界観」や「人々の祈り」に触れた前回のお散歩プラス。

ここは祈りの中心とされ、首里城発祥の地とも言われる「京の内」かつて多くの人々が集った霊域です。

古塚達朗さん「国家の安寧を祈るとか豊穣を祈るとかそういうことさらには国王の長命というような国家的な祈りが捧げられたと考えられている」

うっそうとした森を抜けると、そこには標高130メートルにある高台が。

古塚達朗さん「ここが西のアザナ首里城の西端、ここから那覇空港の方から浦添、果ては読谷まで見渡すことができる一番良く見えるのは那覇港」「この那覇港にもおもしろい話がある」

お散歩プラス♯26 復興に向かう首里城

これは「ニワトリと龍」にまつわる昔話。昔々、龍は港に竜巻を起こす恐ろしい生き物として人々を困らせていたそうな。ある日、船頭に飼われていたニワトリが、龍を成敗しようと寝ていた龍の耳にムカデを入れると… 龍はあまりの痛さに飛び起き、ニワトリに助けを求めたんだとか。ニワトリが仕方なくムカデを食べてやると、龍は「二度と悪さをしない」と誓ったとさ。

古塚達朗さん「(龍が)見ると琉球の船にはムカデ旗がなびいている、こんな怖い虫があんなところにいるぞと、しかもてっぺんにはニワトリの羽が見える、これは恩義のあるニワトリ様がお守りになっている船だと、それから龍は船を襲わなかった」

ちなみに龍潭池は、首里城に顔を向ける龍の形をしていて、水を司る神「龍が宿る池」とされています。首里城だけでなく、地域を守る存在でもあるのです。

ここは首里城の御用水として使われた井戸「ナーカヌカー」しかし、役目はそれだけではなく、いざという時に備えた災害用水だったとも考えられているのです。人々は古くから首里城の火災に備えていたのです。

焼失から半年となる首里城を歩くお散歩プラス。古塚さんと離れ、向かったのは県立芸術大学。波照間永吉名誉教授に「あるもの」を見せてもらいました。

県立芸術大学波照間永吉名誉教授「これが鎌倉先生の仕事を私がまとめた資料」そこに現れたのは「鎌倉芳太郎資料集」この資料の編纂に力を尽くしたのが、波照間さんなのです。

「鎌倉芳太郎」とは首里城を過去に2度救った人物。大正時代、研究者として文化遺産を調査するために沖縄を訪れ、首里城をはじめ工芸品や絵画などを撮影。県立芸大には関連する資料が7000点以上も収蔵され、このうちの3000点が国の重要文化財になっているのです。

その資料は、沖縄戦で焼失した首里城が1992年に復元される時に大いに役立ちました。そして今回は「貴重な原本」も特別に見せていただけることに!

波照間永吉名誉教授「絵図、そして首里城正殿の1階部分の柱などの配置図」「獅子金磨牡丹青と赤花この獅子は金色で牡丹をあしらって青と赤花で着色する」「寸法も書いてある」

こうした貴重な資料は、時代を超えて受け継がれ、今回の復元にも大いに貢献するとみられています。

お散歩プラス♯26 復興に向かう首里城

県立芸術大学波照間英吉名誉教授「我々の祖先が持っている文化のすべてが正殿に集約されている」「まさに独特の文化を琉球は持っていた、それを発信していたのが首里城だったと思う」

あの火災から半年。焼け跡に雄々(おお)しく立つ城を守る龍。

古塚達郎さん「令和の復元は平成の復元で尽力されたみなさん方の頭脳の蓄積がある、そうしたものが実を結んでさらにステップアップした形で復元されるだろうと期待している」

首里城は人々の希望を背負い、復元へ向けて動き出しています。