宜野湾市の沖縄国際大学に、アメリカ軍のヘリが墜落した事故から8月13日で15年。事故現場では平和を語り継ぐ集会が開かれました。

集会で沖縄国際大学の前津榮健学長は「あの日の墜落現場の惨事と、米軍の理不尽な事故処理に対する市民、県民の憤懣やるかたない強い憤りが、時間の経過と共に薄れていくことも、残念ながら現実でもあります。米軍ヘリコプター墜落事件の惨事の記憶を風化させてはなりません。」と話しました。

2004年8月13日、アメリカ海兵隊のCH53大型輸送ヘリコプターが、沖縄国際大学の敷地内に墜落し炎上。事故当時、現場はすぐにアメリカ軍が占拠。「どんな場所であってもアメリカ軍の財産について日本は捜索、差押え、または検証する権利を持たない」という日米地位協定の壁が立ちはだかりました。以来、この事故を語り継ごうと集会は毎年開催されています。

経済学部3年・平安山良斗さん「私の祖母は、家の上をジェット機が飛ぶたびに60年前、ジェット機が墜落して18名の犠牲を出した宮森小学校の事故のことを思い出すといいます。私たちは、74年前の沖縄戦を、実体験として感じることのできない時代に生きています。本当の平和への願いを風化させてはいけないと感じるようになりました。」

経済学部4年・宮城あゆみさん「基地問題は、現在の生活に密接に関係する重要な問題だと考えます。平和学習と同じように、基地学習を小中校で実施することで、考えるきっかけを生むと思います。」

事故から15年。その後も、県内ではアメリカ軍機による事故が相次ぎました。いつ、県民の命にかかわる大事故が起きても不思議ではない現状にある沖縄。沖縄国際大学のヘリ墜落事故の記憶は決して過去のものではありません。