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リポートです。先月の放送で大きな反響をいただいた特別番組「命(ぬち)しるべ」。前編では胃ろうを中心とした延命治療の現在と(その選択をした)人々の生のあり方を紹介しました。

一方で、積極的な延命治療や入院をせず自宅で過ごすことを選んだ高齢患者の暮らしに寄り添い、支えるという医療の形も存在します。ある男性と医師の絆を取材しました。

人生100年の時代。自分や家族の死を考えたことがあるでしょうか。髙山先生「じゃあ胸の音を聞きます。」人生の最期に延命治療を選択せず、静かに過ごしたい。そう決めて、実際に暮らしている人がいます。うるま市の新垣さんも妻に支えられて自宅で療養生活を送っています。

髙山先生「先月は肺炎になって大丈夫かなって心配しましたけどほぼ自分の力で良くしましたね。今月も上々だと思います。この調子で頑張ってください。」妻「髙山先生が来る日は機嫌もいいです。何でもかんでも髙山先生って言ってます。」

戦時下、対馬丸に乗船していた新垣さん。多くの犠牲者がでたなかで、一緒にいた母親とともに奇跡的に生き残りました。

新垣さん「今でも何かの時には遭難の事は思い出しますね。生涯ついてまわるんじゃないかな。自分の親戚、いとこなんか全部亡くなってますからね。あの件でよく死なずに済んだ。」

新垣さんは慢性腎臓病で既に透析が必要な体調ですが、妻と話し合って透析は受けずに自宅で最期まで過ごすことを決めました。

髙山先生「透析を私がお勧めしたでしょ。覚えてます?だけど奥様と相談されて。そこまではいいよとはっきり仰ってたけど、その時はどういう気持ちだったんですか。」

新垣さん「病気をしたからにはお医者さんに任せるのが順当だろうという考えは一応持ってはいたんですよね。」

新垣さん「病気をしたからにはお医者さんに任せるのが順当だろうという考えは一応持ってはいたんですよね。病院の先生方が嫌という訳でもないけど。おうちで過ごせるんだったら過ごした方がいいというのが自分の考えで。それを通してもらっているんですよね。」

髙山先生「こうやってご自宅で元気に過ごしていただけてるのは訪問診療しながら嬉しく思ってます(有難うございます)。何より自分がこんな風にしたいって事を仰っていただけたことで私もお手伝いがしやすいです。私たちのやりたい医療をやるのが医者じゃないです。」

自分自身の意思をはっきり周囲に伝えた新垣さん。医師と家族の強い絆が、そうした本人を支え続けます。

城間先生「高齢者が所謂、寿命が来て、最期の時をどのように迎えるかというのが今大きな社会の課題になっているのかと思います。」

城間先生「自分はピンピンコロリがいい、延命治療なんかしてまでは生きたくないと殆どの方がそう仰いますけども、実際にその最期の時となると本人自身は意思表示が出来ない。沖縄の家族は親思いなので親は生きてさえいれば有り難いという事で胃ろうを造って介護が続くと。次第に口の動きも難しくなって殆ど話も出来ない意思表示も出来ない。そういう事でずっと続くケースも多い訳ですね。」

沖縄の家族は親思いなので親は生きてさえいれば有り難いという事で胃ろうを造って介護が続くと

果たしてこれは本人が希望していた事なのか。という事が考えさせられるケースが多々あります。高齢者が自分の最期の時期をどのように過ごしたいのか、という事をしっかりと本人自身が考え、それが実践されていくように、よく自分の意思を家族に伝えておいていただきたいと思います。

誰もが避けては通れない人生の最期の時と、そこにいたるまでの過ごし方を決して人任せにしない。自分の望みや思いを打ち明け、話し合う。その事が、人生を豊かに生きるための「標(しるべ)」となってゆくに違いありません。

新垣さんは取材の約1カ月ほど後、この放送の数日前に妻と、沢山の親類縁者に囲まれて自宅で息を引き取ったとのことです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。特別番組「命(ぬち)しるべ / 人生の最期まで寄り添う医療へ」後編は明日、午後5時からの放送になります。是非ご覧ください。