辺野古唯一の背景は「本土の反対運動」か

「普天間基地の移設先は、辺野古が唯一の選択肢だ」これまで何度も政府が繰り返してきた言葉です。しかし、その理由が本土での反対運動を懸念したものであったとしたら・・・

それを裏付ける重要な文書が6月22日県公文書館に寄贈されました。

およそ18年前に書かれた手紙。

そこには、普天間基地の移設先について「シュワブ沖以外に候補地を求めることは必ず本土の反対勢力が組織的に住民投票運動を起こすことが予想される」「名護市に基地を求め続けるよりほかはないと思う」と書かれています。

手紙を書いたのは、元官房長官の梶山静六さんです。手紙を受け取り、資料を公開したのは元官僚で、1996年の普天間返還交渉の際県と政府の間の調整役を務めた下河辺淳さんです。

普天間の県内移設の理由が、政府が主張する抑止力ではなく、本土の反対運動への懸念だったことを浮き彫りにするこの手紙のほか、普天間交渉の舞台裏について下河辺さんの証言を書きとめた資料など、約1000点が23日の慰霊の日を前に、22日、東京の研究機関から、県公文書館に寄贈されました。

贈呈式では、現在92歳で、東京の福祉施設で暮らす下河辺さんの手紙が紹介されました。

下河辺さん手紙「沖縄には屋良さんの時代からずっと関わってきましたから、個人的に沖縄の立場に立ったつもりで(普天間返還交渉の調整役を)お引き受けをしました。」「万国津梁の鐘に刻まれた銘文。これこそが沖縄の精神だと思っています。」「沖縄がこれからもその歩みを進めていくことに期待しております。」

資料は、2017年5月をめどに一般公開されるということです。