沖縄戦当時、親を亡くした子どもたちを収容したコザ孤児院で26日戦後2回目の慰霊祭が行なわれ関係者やその家族が参列しました。 コザ孤児院には1945年からおよそ4年間、沖縄戦で親を亡くしたり兄弟と生き別…
67年前、アメリカ軍の魚雷の攻撃を受けて沈没し、およそ1500人が犠牲になった対馬丸の慰霊祭が22日、那覇市で開かれました。 対馬丸は1944年、沖縄の子どもたちや引率者を疎開させようと長崎に向かって…
67年前、アメリカ軍の魚雷攻撃を受けて沈没し子どもたちなどおよそ1500人が犠牲になった対馬丸の慰霊祭が那覇市で開かれています。那覇市の小桜の塔には朝早くから対馬丸の生存者や遺族たちが集まり、手を合わ…
1945年の沖縄戦当時、旧海軍の太田中将らが自決した豊見城市の海軍司令部壕で13日、慰霊祭が行われました。 慰霊祭には、1945年当時、海軍壕司令部の司令官だった大田実中将の遺族など県外から22人、県…
沖縄戦当時の県職員などで組織する島守の会の総会が5日、那覇市で開かれ2011年も6月23日に慰霊祭を執り行うことなどが報告されました。 島守の会は、沖縄戦で亡くなった県職員や島田叡知事を祭る島守の塔の…
15世紀の末、当時の首里王府の圧政に抵抗し、住民の先頭に立って戦ったといわれる「オヤケアカハチ」を偲ぶ慰霊祭が5日に石垣市で行われました。 慰霊祭はオヤケアカハチが住んでいたという石垣市大浜の住民が、…
戦争で多くの同僚を失った元県職員たち。慰霊碑建立の動きが次第に高まっていきました。 沖縄戦最後の激戦地・糸満市摩文仁にある島守の塔。65年前の今頃はまだ砲弾の跡が生々しく残り、多くの亡骸が横たわってい…
9月20日から26日は動物愛護週間です。那覇市では愛犬を自由に走らせることができるドッグランがお目見えしました。 ドッグランは広場に囲いを設けてその中で犬を自由に走らせるもので、普段リードでつながれて…
先島のハンセン病医療の拠点施設、宮古南静園の慰霊祭が23日に行われ参列者が508柱の御霊に静かに手を合せました。 納骨堂の前で行われた慰霊祭には園の入所者や退所者、また職員らが参列し全員で哀悼の意を捧…
宜野湾市にある慰霊碑に供えてあった千羽鶴が、何者かによって燃やされ警察が器物損壊事件として捜査しています。 宜野湾警察署によりますと千羽鶴は、宜野湾市の、嘉数の塔に供えてあったもので、13日、朝6時ご…