首里城の今を伝える「復興のキセキ」です。きょうの舞台は首里城の地下に眠る「第32軍司令部壕」です。那覇市では先週、この32軍壕を取り上げた笑いあり涙ありのドタバタ劇が開演しました。
県出身の俳優6人が舞台を通して伝える「沖縄戦と平和への思い」を取材しました。
32軍壕の平和ガイド大城メリサ役 外間愛彩さん「グスーヨーチューヤ第32軍地下司令部壕ンカイ ユーメンセービータン。ワンネーウマヌ平和ガイド第一号大城メリサディチョーイビン」
先週末、那覇市で3回の公演が行われた舞台「グスーヨー!32軍壕へメンソーレ」物語の舞台は2028年。旧日本軍の「第32軍司令部壕」の第五坑口が一般公開された想定で、アメリカ人とうちなーんちゅのクオーターとして生まれ、壕で平和ガイドをつとめる大城メリサを中心に話が進んでいきます。
32軍壕の平和ガイド大城メリサ役 外間愛彩さん「ここ第五坑口は戦時中、一般兵の寝床や台所、それと給仕をする地元女性や慰安婦の方々の集まりどころで、会話も方言交じりの区域だったようです。ところがこれが反対側の司令官や参謀の皆さんが常駐していた第二坑口、第三坑口あたりで方言でも使おうものなら、スパイとみなされ処刑された話もあったそうです」
舞台となっている32軍壕は沖縄戦当時、旧日本軍が作戦や指揮をとっていた場所。全長およそ1キロ、最も深いところは地下35メートルにおよび壕の中には1000もの兵士がいました。
本島に上陸したアメリカ軍は、この32軍壕を目指して攻撃を開始。戦況が激しくなるにつれて牛島満司令官が南部への撤退を決定したことで避難していた多くの住民が犠牲となりました。
壕内で1人だったはずのメリサは、ガイドの練習中に様々な人物と出会います。日本兵や琉球王国時代を生きたうちなーんちゅの霊のほか、兵士の遺骨収集に来たガマフヤー、かみんちゅのおばあ。沖縄戦当時、アメリカ兵として戦場にいた曾祖父の魂と、それぞれの視点から見た沖縄戦の記憶や実態が語られていきます。
本番3日前。東京を拠点にするキャストが多く、スケジュールが合わない中でも全員が揃い、通し稽古が行われました。主演を務めるのは東京と沖縄を拠点に活躍する俳優、外間愛彩(ほかま・めい)さんです。
アメリカとのハーフとして生まれ、沖縄戦を題材にした芝居では起用される機会が少なかった外間さん。それでも「沖縄で生まれた俳優として、沖縄戦を伝えたい」と戦後80年だった去年、この舞台を自ら企画しました。
32軍壕の平和ガイド大城メリサ役 外間愛彩さん「正直ハーフである私が、沖縄戦を作っていいのかとかすごく考えたし」「でも沖縄のことを伝えたいし大好きな沖縄が平和な島であってほしいって思うし」「絶対戦争を起こしたくない」「直接身内から言葉を聞いていたりとか、言葉を聞いている世代なので、私たちは何ができるか分からないけれど、それを伝えることで変わるかもしれない」「そういう気持ちがあって共演者に声をかけてスタートしました」
再演となった今回は、2人の新キャストを迎え、コミカルな要素を入れつつ、県出身の6人があの日、あの時、沖縄に32軍壕に何があったのか、史実に基づいた実相を忠実に語ります。
戦前に死んだうちなーんちゅの役者役 平良太宣さん「沖縄が背負っているものだったり」「思いとかを、表現者として伝えていきたいと思って、役者を始めた」「文字だけとかでは届かない熱い思いを芝居なら届けられるなと思って」
かみんちゅ役 城間やよいさん「みんな笑顔で笑って毎日楽しいことばかり考えていたいですよね」「だけどそういうことだけじゃなくて」「目をそらさず(沖縄戦に)向き合わせてくれるということで言えば」「すごくありがたい舞台にお声かけいただいているなと思います」
日本兵役 海老澤健次さん「今の世代の子は、そういう学ぶところだったりというのも前よりは減ったと僕は思っているので、今回の作品を通して自分も勉強してますし、若い子たちに見ていただけたらなと思っています」
アメリカ兵役・川田広樹さん「全部地獄だったんだろうなと思って、日本兵もアメリカ軍も、島民も。改めてやっぱり悲惨さっていうか、恐ろしさっていうのをこの作品で感じましたね」
そしてガマフヤー役として出演しながら脚本と演出も担うのは「うちな~噺家」の藤木志ぃさーさんです。
藤木志ぃさーさん「32軍壕は知っていることですが、それはどんな役目を果たしたのか、意外と伝わっていない。じゃあこの32軍壕からどんな影響があったのか、32軍壕を通して日本軍とアメリカ軍がどんな戦いをしたのかということを、情報として、笑いも入れて飛ばして、みんなに見てもらって」
千秋楽開演
「追手が来たら逆に逃げたと言ってくれ、頼んだぜ」「キャーーーーーーー!」「アビランケ!静かにせえ!」
舞台後半、メリサはかみんちゅが呼び寄せた曾祖父の魂と再会します。ところがその場に日本兵の霊も現れ曾祖父がアメリカ兵だとわかるや否や、互いの主張がぶつかります。
日本兵「米軍に追いつめられる日本兵の様は、お前たちにとってはさぞかし、愉快だったろうよ」
米兵「とんでもない、この32軍壕に向かう高台では常に激戦に次ぐ激戦、洞窟に潜む日本兵が突然前から後ろから現れて米兵は多くの犠牲を払った」
日本兵「米軍の戦死者は日本軍と比べりゃ、やっぱりたいした数じゃねぇや」
米兵「いや、海の上では戦艦への神風特攻で368隻が被害、うち36隻が撃沈し、4900人が戦死、4800名が負傷、業を煮やしたアメリカ太平洋艦隊ミニッツ司令長官は、沖縄に上陸し、当時沖縄本島攻略作戦の指揮をとるバックナー中将に対し『沖縄制圧に時間がかかりすぎだ、海の上では日々1.5隻の戦艦が沈んでいる。君は太平洋艦隊を全滅させる気か!』と激怒したんだ」
日本兵「それはこちらからすりゃ胸のすく話だ」
米兵「陸でも海でも、わが軍に恐怖を与えるには十分だった」
日本兵「恐怖だ?」
米兵「そうだ、恐怖だ。陸では日本兵が島民に扮して保護したと思えば自爆玉砕。白旗を上げてきたと思えば自爆玉砕。ついには若者が洗車に向かって自爆。少年兵にまで一人十殺、敵10人を道連れに玉砕しろの教えには驚かされるばかりだった」
日本兵「それなら聞くがよ、いったい日本軍はどれだけ死んで、米軍はどれだけ死んだってーんだ?」
米兵「正規日本軍6万5000人以上に対し、米兵1万2520名だ。私の話を信じてくれてありがとう」
藤木志ぃさーさん「実は、ふたを開けて見たら、もうみんなで殺し合いしてるから、戦ってる人は実はみんな犠牲者なんですよね。それはもう命令されてやってるんだけど、職業軍人たちはね。でも結局、命を落とすこともあるわけで、だから沖縄戦に関わった人たちは、みんな被害者だっていう」
その後、互いの主張や因縁はあれど話し合いで和解。霊たちも無事成仏し、舞台は大盛況のうちに終了しました。
沖縄市からの親子(中1と母)「首里城の下に壕があるのは知っていたんですけど、あんなことがあったのは知らなかったですね」
今帰仁村から(60代)「やはり残された僕らがやっぱり努力して、絶対戦争を起こさないというのをやっぱり訴えていかないといけないよね、というのは思いましたよね。やっぱり紡がれた命だから、それぞれが」
32軍壕の平和ガイド大城メリサ役 外間愛彩さん「今は81年、戦争のない島、戦争のない日本ですけど、それが100年、150年、200年と続くように、ちゃんとやっぱりこの強い気持ちを持ってつないでいきたいなと思います」
沖縄戦体験者と直接話ができる世代として、芝居を通じて未来へ語り継いでいきます。
この作品は、首里城正殿の一般公開を控える中、32軍壕も「平和を考える遺産」として、全面公開されることを願って作られました。
藤木さんは、沖縄戦の物語を本土の人たちにも見てもらおうとしたとき、これは遠くの土地で起きた話ではなく、本土での戦争につながっていくんだ、家族や近くの人とも関係のある話なんだと認識してもらうために、様々な視点で見せることを大事にしているということです。
舞台【グスーヨー!32軍壕へ メンソーレ(2026年版】(@okinawa.haiyu_bu) • Instagram写真と動画
