※ 著作権や肖像権などの都合により、全体または一部を配信できない場合があります。

沖縄の本土復帰を様々な角度から考えていく企画、復帰50の物語です。きょうは、アメリカ統治下なかで子どもたちが安全で安心して学べる・遊べる場を作ろうという目的で設置された沖縄こどもの国。開園後、多くの困難を乗り越え時代に合わせた施設づくりを行いながら、新しい魅力を模索している様子を取材しました。

来場者「(子どもが)生まれたら、とにかくこどもの日は、「こどもの国」みたいな感じで」「私たちもおじいちゃんおばあちゃん連れて、家族みんなで行くところという感じですかね」

来場者「クリスマスの時とかは、イルミネーション見に来たりしてましたね」「子供会とかで来たりとか、小学校の遠足とかで来たりとかしていたので」

復帰50の物語 第37話 学び遊び場 沖縄こどもの国

沖縄こどもの国 神里興弘園長「自分も孫がおりますので、よく孫を連れて休みの日には動物を見たり、ワンダーミュージアムで遊んだり、広場で弁当を食べたり非常に楽しんでます」

多くの県民にとって、思い出の場所の一つとなっている沖縄こどもの国。実は、沖縄の復帰ととともに、歩んできた歴史があります。沖縄市胡屋にある沖縄こどもの国。動物園としては、ヤンバルクイナやヨナグニウマなど沖縄の固有種を含む150種類1200点を飼育しています。

沖縄こどもの国 神里興弘園長「このこどもの国が整備される以前、開発される以前から、よく遊びに来ていて、このダムがあるんですが、このダムで当時食用蛙って言ってたんですが、食用ガエルをとったりですね、それからこの中央公園そこで犬を連れてきて遊ばしたりですね、かなり思い入れのある地域ではありました」

現在、園長を務める神里興弘さんは、生まれも育ちも旧コザ市。こどもの国が建設されていた時期には沖縄市の職員として測量の手伝いをしたり、案内図の下書きするなど整備にも携わっていたそうです。

沖縄こどもの国 神里興弘園長「こどもの国計画は、沖縄の本土復帰記念事業の一環ということで位置づけられて、第2次大戦後の沖縄なんですが、米国の統治下にあったということで、社会環境が極めて複雑であったということ」

復帰50の物語 第37話 学び遊び場 沖縄こどもの国

沖縄の早期本土復帰や、住民の福祉向上を目的に活動していた南方同胞援護会が、子どもたちが安全に遊べる場所がなかった戦後の状況を危惧したことでこどもの居場所を作るために、設立が計画されました。

整備資金は日本政府や当時の琉球政府からの補助金だけでなく全国の小中学生たちからの寄付も活用されたそうです。また動物は、上野動物園や現在の井の頭自然文化園、日本モンキーセンターなどから支援を受けて収集し、復帰2年前の1970年5月5日に開園しました。

沖縄こどもの国 神里興弘園長「開園の日ですね、万余の人で賑わったというのを見てですね、当時(設立に際して)苦労された方が、「非常に苦労したけれども、よかったな」ということについては先輩からお聞きしております」

しかし、復帰前後の沖縄で、確立したノウハウがないまま経営することは簡単ではありませんでした。

沖縄こどもの国 神里興弘園長「施設の老朽化に対する手当が十分ではなかったということもあって、入園者が徐々に徐々に減っていったということで、一時期は閉鎖もやむを得ないんじゃないかなというところまで来たようです」

復帰50の物語 第37話 学び遊び場 沖縄こどもの国

窮地に追い込まれたとき、当時の役員が私財を担保に、運営資金を借りるなどして、なんとか切り抜けたときもありましたが、様々な挑戦をしていくことになります。

1990年代には県内でも珍しかった遊園地「沖縄アイランドパーク」の設置や離島を中心に7回にわたって実施された「移動式動物園」などがあります。

沖縄こどもの国 神里興弘園長「ライオンとかですね、猛獣も持ってってますので、特に子ども、お年寄りから「すごいな」とか、2日間開催しますので、2日間とも弁当を持って、獣舎の前にずっと座っていたという方もいらっしゃったということで、(移動式)動物園を開催をして、非常に良かったなというそういったお話はお聞きしました」

2001年には「ワンダーミュージアム」をはじめとする「こども未来ゾーン」建設のために一時休園をはさみ、「遊びながら学ぶこと」をコンセプトにした大規模リニューアルを行い、2004年に開館。

また、明治から大正時代の昔ながらの沖縄の住宅を移設して展示している「ふるさと園」など、多種多様なエリアがあります。これまでも、これからも、日本一ユニークな動物園を目指して沖縄らしさを大切にしています。

復帰50の物語 第37話 学び遊び場 沖縄こどもの国

沖縄こどもの国 神里興弘園長「琉球弧というのが野生生物、貴重な家畜の宝庫でもある。この琉球弧エリアについては全国どこの動物園にもない、沖縄こどもの国の大きな特徴だということで、これからも伸ばしていきたいというふうに今考えてるところです」

2013年には、琉球王国時代から戦前まで行われていた「ンマハラシー」の復活に取り組んでいます。速さを競うのではなく、走る姿の美しさで勝負を決める、沖縄独自の競馬です。

復帰50の物語 第37話 学び遊び場 沖縄こどもの国

困難を乗り越え、時代に合わせて進化を続けながら、県民に愛されてきたこどもの国も、復帰直前の開園からことしで52年。既に次のステージを見据えています。

沖縄こどもの国 神里興弘園長「これからも動物園を中心とした沖縄こどもの国ということで、地元の人、それから本土のお客さん、あるいは外国からのお客さんがここで交流できる場になっていったらいいなという思いを描いているところです」