かつて沖縄のアメリカ軍基地で訓練を受け、ベトナム戦争に行った元海兵隊員のアレン・ネルソンさん。ネルソンさんが亡くなって10年、平和を訴え続けたネルソンさんの遺志は、“沖縄とベトナムで”生き続けていました。

Qプラスリポート 「平和の遺志」受け継ぐ 元海兵隊員のメッセージ

今年7月、1人の男性が沖縄を訪れました。ベトナム・クアンナム省で日本語学校の校長を務めるチン・ディン・タン先生。彼は、沖縄とベトナム、そしてかつてその両方に駐留したある人の架け橋となっています。

チン・ディン・タン先生「皆さんの前で報告できることを本当にうれしく思います。アレン・ネルソン奨学会の皆さん、本当にありがとうございます」

その人は、アメリカ人のアレン・ネルソンさん。かつて、沖縄のキャンプハンセンからベトナム戦争に従軍した元海兵隊員です。

1960年代から泥沼化したベトナム戦争。戦場に送られた兵士の多くは、貧しい家庭に生まれた若者たち。罪の無い人々への暴力に手を染め、戦後は彼ら自身もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦められました。

ネルソンさん(2019年4月16日 特集より)「キャンプハンセンの上官は聞く、『お前たちは何がしたいのか』と。すると私たちはできるだけ大きな声でライオンのような声で叫ぶ。『殺すんだ』と」

そんな兵士の1人だったネルソンさん。ある時目にしたニュースが人生を大きく変えます。

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1995年に沖縄で起きたアメリカ兵による少女暴行事件。かつての自分と同じ、若いアメリカ兵が起こした、あまりにも凄惨な事件をきっかけに、ネルソンさんは自らの過ちを告白し、戦場で何が起きているのかを語り始めました。

アレン・ネルソンさん(2017年3月22日特集より)「ベトナムではたくさんの死を目の当たりにした。戦争は映画とは違うのです」

「アレン・ネルソンさんの平和のメッセージ」と名付けられた今回の集会。自身がベトナム戦争でやったことを悔やみ、反戦・平和を訴えながらも、2009年に病で亡くなったネルソンさんの遺志を継いで開かれました。

それは、自分と同じように貧しさから学校に通えない子どもたちに、奨学金を送ろうというもの。今年で10年になりました。

タン先生「子どもたちにアレンネルソンさんが経験したこと、なぜこの奨学金を支給したいかを説明して配っております。2006年にアレンネルソンさんが来て、心からの謝罪をしたことを地元の方が知っていました。本当にこの奨学金のことを大いに受け入れています」

QABはおととし「アレン・ネルソン奨学会」のメンバーに同行し、ベトナムを訪ねました。

奨学金は、アメリカ軍が凄まじい暴力を奮ったクアンナム省で、10年間でのべ850人以上の子どもたちに贈られています。

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児童「(Q:将来は何になりたいの?)お医者さん。社会に役立つ人になりたいです」「(Q:お勉強は何が好きですか?)英語(英語が好きなの、すごい!)すごい」

都市部の経済発展は目覚ましいベトナムですが、地方にはまだ支援の手を求めている子どもたちがたくさんいます。

タン先生「ベトナムは豊かになりましたが格差はまだ大きいです。テト(旧正月)の時、みんな新しい服を着て、ごちそうを食べて過ごしますが、貧しい子どもたち、そうできない子どもたちもいます。なので、この奨学金は激励という意味ではすごく大事だと思います」

また「アレン・ネルソン奨学金」には、ネルソンさんが生前語っていた、こんな願いも込められています。

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ネルソンさん(2019年4月16日 特集より)「ベトナム戦争のことを話すのはとても苦しい。みんなに話すのも苦しい。それはもう抑えられない恐怖だ。でも、ある日気づいた。子どもたちに伝えなければならないと。私の話を聞いて、一人でもいいから、戦争がだめだと考えてくれたらよい」

戦争の真実を学び、平和な世界を築いてほしい。その願いは、沖縄の若い世代にも届いています。

学生「アレン・ネルソンさんが、自分のやったことの罪を認める勇気もすごいなと思ったし、そこから自分だからこそできることを見つけて発信していって、また周りの人が助けてくれて、それが今でも続いているのはすごいなと思ました」「中学生の時にアレン・ネルソンさんの本に出会ったんですが、そこから基地や戦争を考えさせられて、そこから平和活動を高校の友達とやっていた。”次の世代につなげる”、”忘れない”というのをキーワードに(活動を)続けていきたいと思っています」

1人の元兵士が残した贈り物。それは、同じく戦争に翻弄された歴史を持つ沖縄とベトナムで生き続けています。