首里城では23日、琉球王国時代の「時」を刻んだ道具「日影台」の解説会が開かれました。

学芸員の輝広志さんは、「棒が、影を落として、時刻を示すんですが、まっすぐ降りてきた時刻、これ午の刻になります。まさに午の刻ということで正午という言葉は今も使われております」と話しました。

「日影台」は、太陽の動きとともに移動する影の位置から、時間を読み取る日時計です。琉球王国時代から、廃藩置県の1879年まで、時間を正確に表示する道具として首里城で用いられ、城下町の人たちにも万国津梁の鐘などを鳴らして、時が伝えられていました。

ちなみに太陽の傾きで、時間を計る日影台では、日本の標準時の基準である兵庫県明石市と沖縄で約30分の時差が見えます。その時間になると、取材時はあいにくの曇り空でしたが、晴れていると、午の刻の場所にまっすぐ濃い影が現れます。

学芸員の輝広志さんは「王国時代の人の創意工夫、知恵ですね。時間を正確に計るための知恵を、日影台を通して見ていただきたい」と話していました。

訪れた人たちは、文化の香り漂う首里城で、琉球王国の「時」を感じていました。日影台の解説会は、冬至にも行われる予定です。