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シリーズでお送りしている「7人の知事」。復帰後これまでに誕生した歴代の知事7人が残した言葉や直面した課題をみつ、今の沖縄を考えます。きょうは4代目の知事大田昌秀さんです。

大田昌秀「鉢巻もタスキもやめましたので、最終的な勝利の瞬間も大げさにバンザイしなくていいんじゃないか」

バンザイは沖縄戦を思い起こさせると拒否したのは、沖縄県4人目の知事・大田昌秀。鉄血勤皇隊として沖縄戦に動員された経験から何よりも「平和な沖縄」を求めました。

しかし大田さんもまた、アメリカ兵による事件や事故に苦しんだ知事でした。1995年には、県民の怒りが頂点に達しました。

7人の知事 4代目 大田昌秀

アメリカ兵による少女暴行事件。およそ8万5000人が抗議の声をあげました。

大田さん「行政の責任者として一番大事な幼い子どもの人間としての尊厳を守ることが出来なかったことについて、心の底からお詫び申し上げたいと思います」

事件直後、軍用地の使用を地主に代わって知事が認める「代理署名」を拒否したことから国に訴えられ、判決は最高裁にまで持ち込まれます。結果は県の敗訴。

7人の知事 4代目 大田昌秀

日米両政府に立ち向かう一方で、沖縄戦で亡くなったすべての人を刻銘する「平和の礎」を建立。

反戦・反基地を訴え、ひたすらに「平和な沖縄」の実現を求め続けたその姿は多くの県民の胸に残っています。

大田さん「一番大事なことは、人間が人間らしい生活ができるということ。沖縄の狭い土地を戦争と結び付くものに使うのではなく、人間の幸せに結びつく、生産の場にしていきたい」

7人の知事 4代目 大田昌秀