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Qプラスリポートです。皆さんは8ミリフィルムを使ったことがあるでしょうか。1950年代から70年代にかけて8ミリフィルムで撮影された風景を掘り起こそうと取り組む人たちがいます。カラーで蘇る懐かしの沖縄とは。

當間さん「わかるかなーこっちはここのビーチに広がっていた水上店舗」

Qプラスリポート 8ミリフィルムで蘇るあの頃の沖縄

那覇市出身で映画監督の當間早志さん。見比べるのは、那覇市波の上ビーチの現在の様子と1970年代の様子。

當間さん「こういうビーチに水上店舗というか木造の建築物がずらーっと並んでいたというのは今の若い世代は知らないんじゃないかなと思う。今はなき風景が8ミリフィルムにはいっぱい残っているのでそれを見て沖縄の戦後の復興を少しでも感じてもらえたらなと思っています」

その8ミリフィルムがこちら。今観光客でにぎわうその場所にはかつて、いわゆるバラック小屋の店舗が立ち並び遊技場としてにぎわいました。

Qプラスリポート 8ミリフィルムで蘇るあの頃の沖縄

當間さんがやってきたのは、映画の製作会社「シネマ沖縄」

真喜屋さん「これは70年代のものだと思うんだけどこれがね、カートリッジ式のやつ。」

當間さん「それは知らないな」

真喜屋さん「俺も初めて知った」

2人は高校の同級生。大学時代は同じ映画研究部で青春をともにした、古くからの“フィルム仲間”です。

Qプラスリポート 8ミリフィルムで蘇るあの頃の沖縄

映画を通した戦後復興史も専門とする當間さんと、ここで一般の人から寄せられた8ミリフィルムのデジタル化を手掛ける真喜屋さん。そんな2人がタッグを組んで始めたのが、8ミリに詰まったかつての沖縄を上映会などでトークを交えながら紹介することです。

上映会の前には、フィルムに写っている数々のヒントから当時の場所や暮らしぶりを紐解いていきます。

真喜屋さん「ナハワカマツドーリって書いてある1960年6月19日に当時のアメリカ大統領アイゼンハワーが沖縄を訪れた際の様子を収めた映像です。市民の人垣のすぐ向こうを、大統領がオープンカーで颯爽と通っていきます。さらに…」

真喜屋さん「729っていうんですけど730の前日に撮っているんですよ。最後の思い出に復帰から6年経って、車線が右側通行から左側通行に切り替わる、いわゆる“ナナサンマル”の前日、7月29日に名護市街で撮影された映像です」

當間さん「そうだ、雨が降っている730の時って台風の影響でうまくいくかどうか大変だったね」

真喜屋さん「たぶん撮った人も何年後かの名護の人に見てもらいたかったと思うんですよ。それを届けられたなというのはうれしいし」

上映会での観客の反応も、2人の活動の源です。

真喜屋さん「仲間内でわーってあっちこっちで勝手に盛り上がっていて。特に高齢者の人がそうやって記憶を辿ることで頭が回転していくというそういう意味でもおもしろいし役に立っているんじゃないかなと思います」

Qプラスリポート 8ミリフィルムで蘇るあの頃の沖縄

當間さん「沖縄の風景そのものに慈しみを感じてほしいというか映像が残っているとこんなかんじだったんだよというのが特に動いていたら非常に説得力や臨場感が沸いてくるというか」

真喜屋さん「リアルに映像を見ると自分の中で再現できるというのが良いですよね。知らない時代でも見てきたような気分」

収集を呼びかけたおととし8月以来、真喜屋さんのもとに寄せられた8ミリフィルムは400本以上。消えゆく記録を留め、記憶を呼び起こすためデジタル化という新たな息を吹き込んでいきます。