続いては「うちなーむく」の私、中村守が、町を歩いて沖縄の不思議を探す「まも散歩」です。今回は、那覇市上間で、代々受け継がれている伝統芸能や、首里との意外な関係にも触れました!

始まりました!まも散歩。今回、那覇市上間を案内して下さるのは、私と同じ〝うちなーむく〟の古塚さんです!

古塚達郎さん「(かつて)上間と識名は一体となった集落として捉えられていた(境界は)置かれていたが明確に川が流れていたり道があって集落が分かれているという訳ではなくて境界が不確定な地域。那覇市内でも古くから人が住んでいる場所ということが言える」

那覇市の高台にあり、長い坂道が続く上間。〝豊富な湧き水〟や〝夏でも涼しい風通しの良さ〟が、人々の暮らしを支えてきました。

古塚達郎さん「今で言う不動産店のキャッチフレーズのような風通し良好生活のインフラが整っているみたいな」

まも散歩#7 那覇市上間

上間の豊富な水を象徴するのが、〝ムラグムイ〟と呼ばれるこの小さな池。かつては馬や農機具を洗う生活には欠かせない〝憩いの場〟だったそうです。今も湧き出る水は、戦後、簡易水道として家々にひかれていたんだとか。

古塚達郎さん「実は識名上間のこの辺りは浦添から城を移す時に最初の候補になったのが実は識名」

中村中村守「高台だしお城があるにはちょうどいい」

古塚達郎さん「当時対立していた南山を見渡すことができるということでこの辺りに首里城を立地させようとしていた」

中村守「もしかしたらここが城下町になっていたかもしれない」

まも散歩#7 那覇市上間

ムラグムイを後にして、集落の細い路地を抜けると、そこには一際大きな道が。

古塚達郎さん「ここが上間の馬場」

中村守「?」

古塚達郎さん「ここは競馬をやるところ」

中村守「えー!ここ?競馬?お金をかけていた?」

古塚達郎さん「大体は〝名誉〟をかけていた」

かつて周辺の村の農耕馬が出走し、競馬が行われていた〝上間馬場〟当時は順位だけでなく、馬をいかに美しく走らせるかを競ったそうです。と、目の前に現れたのは、青々と茂る大きな〝フクギの木〟よく見ると、このお宅にも…このお宅にも植えられています。

まも散歩#7 那覇市上間

古塚達郎さん「ご先祖様が。防風林としてこういうふうに南からの風を防ぐように植えてある。夏場はこの間を南風が抜けていくので家にいるとこの緑が涼を運んでくれるとても涼しく過ごせる」

樹齢、なんと200年以上!高台で快適に暮らすための先人の知恵が、今も地域での生活を守っています。

市街地を見下ろす広場にあったのは、地域の守り神です。

古塚達郎さん「南部の玉城グスクを向いていると言われているミートゥンダーつまり夫婦の獅子」

中村守「夫婦!?」

まも散歩#7 那覇市上間

〝ミートゥンダー〟は、沖縄本島の3つの山が対立した三山対立時代に、敵だった南山からの悪い気を返すために置かれたシーサー。相手に呪いをかけ、戦に勝つために祀られたそうです。

実は上間にとって〝獅子〟は大切な存在。地域の伝統芸能、獅子舞と棒術の歴史は古く、大切に受け継がれてきました。

上間伝統芸能保存会伊良波幸作会長「上間は那覇でも県内でも行事の多いところだがその中でも特に棒術獅子舞は何百年の歴史があるからそれに対する住民の思いは他と全然違う。先輩方お年寄りからしたらこれは神様」

発足から22年目を迎えた伝統芸能保存会には、15人ほどの担い手が在籍。保存会の会長、伊良波さんは、じかたとして演舞を見守ります。

まも散歩#7 那覇市上間

上間伝統芸能保存会伊良波幸作会長「ようやく出来てきたなともっと自信を持ってやれという部分もあるし。帰ってからどうなっているんだとは言うが内心では段々うまくなってきたなと思っている」

上間伝統芸能保存会大城強さん「心の拠り所というか仕事でいっぱいいっぱいになったり。家庭内でごちゃごちゃしたときに一歩(外に)出たら居場所がある」

上間伝統芸能保存会大村孝之さん「獅子舞棒術とかは200年~300年くらいの歴史があるのでそういうところは誇りに思う」

上間伝統芸能保存会伊良波幸作会長「もっともっと先輩方に話を聞いて上間にある伝統を掘り起こすのがこれからの仕事でもある。伝統芸能保存会をこれからも発展させていこうと思っている」

〝伝統を守る地域の思い〟に触れたところで、今回はここまで!

まも散歩、次回もお楽しみに!