開催まで2週間となった世界のウチナーンチュ大会に向けて、きょうは、沖縄から海を渡った移民たちについてです。ふるさと沖縄というルーツでつながった彼らが見る、住みよい沖縄社会とは。

つながる × 県系3世の思い 〜優しい社会とは〜

色とりどりの国旗。ボリビアやペルー、ハワイなどで生まれ育った沖縄にルーツを持つ留学生らです。この日、名護市の大学では、世界のウチナーンチュ大会に向けて、移民の歴史や文化を学ぶ「学生サミット」が開かれていました。

学生サミット実行委員会 城間美貴委員長「ちゃんと歴史を知って、移民の人達、世界にウチナーンチュこんなにすごい人たちがいっぱいいるんだっていうことをちゃんと理解した上で、もっと沖縄のことを誇りに思いたいなと思ったのでこの事業に参加しました。」

ボリビアから来た短期留学生「やっぱりそれぞれ言語が違っても、日本語が話せなくても、沖縄と繋がりがあるからこそ、こうした研修や留学ができるし、繋がりがあるから帰ってこれるんではないかと思います。」

今から100年以上前。経済的な苦しさや、新しい世界への憧れなど、それぞれの思いを胸に、沖縄から海を渡り、見ず知らずの土地で、一から生活を築いてきた移民たち。中には、その後、ルーツの沖縄に帰ってきた人達もいます。

豊見城市に暮らす、ルシィアンナ美香大城さん。生まれ故郷はブラジルのサンパウロ。現地でブラジル料理の店を営む県系2世の両親のもと、5人兄弟と共に、ポルトガル語一色で育ちました。転機が訪れたのは、20年ほど前、13歳の時でした。

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ルシィアンナさん「これを機に沖縄に戻っているので。仏壇を継がないといけないということで沖縄に戻っているんですけど。」

キリスト教文化の中で育ったルシィアンナさんにとって、「仏壇を継ぐ」という意味すら分からなかったといいます。

ルシィアンナさんのお母さん「仏壇に向かって(胸の前で十字を切るの)やるのを見て、それは違うよって。(笑)」

初めての沖縄、初めての学校。すべて、ブラジルとはまるで違うものでした。

ルシィアンナさん「(ブラジルの学校では)同じクラスで全く同じ人はいなくて、(髪の毛が)茶色の人もいれば、目ブルーアイの人もいるし、金髪もいるし、そういう環境で育っているからっていうのもあって。こっちの学校に来たら、男列、女列っていうのがすごく不思議でした。そういう区別をする文化はないので、あまりにも違うなっていうのを。すごく、住みづらい。住みづらいというか、生きづらかったですね。」

当時、日本語がほとんど分からなかったルシィアンナさん。学校で「変な外国人」として見られるようになっていきました。

ルシィアンナさん「(同級生の一人が)もう美香と話しをしたらお前ら承知しないぞというのが始まりで、クラス全体が無視するようになったって。でもそれがまた不思議な文化だった。」

糸満市の中学校。この日、ボランティアとして沖縄の移民の歴史を学ぼうという特別授業を担当しました。

「自分たちがもし、見ず知らずの国に来た移民だったら・・・」言葉が分からないことの怖さや寂しさを相手の立場に立って感じる生徒たち。そして、南米に渡った移民になったつもりで「自分は一体、何人なのか」、みんなで話し合いました。

ルシィアンナさんは「日本人」と書かれたカードを、ブラジルと日本の間に置きました。

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ルシィアンナさん「私はみんな同じ、見た目は一緒だし、きっと日本人だと言われるだろうなと思っていたら、外人だって言われて、じゃあ自分は何人だっていうのは結構、じゃあ何人かなというのは未だにジレンマがあります。今後視野を広げて、考え方を変えていったらいいと思います。」

国籍や人種ではなく、自分は自分。相手との違いを非難するのではなく、共通点を見つけて喜び合うことが、何よりも大事だといいます。

男子生徒「いろいろな文化があって、一緒に暮らすことはできるんだなと思った。遠くても。」

女子生徒「海外の人達の話しをいっぱい聞いたり、友達になったりしてみたいです。」

ルシィアンナさん「いじめというのは、自分と違うところがあるから、いじめが始まったりとかするんじゃないかなと思います。こういう異文化理解とか、(お互いを)理解していけば、ヘイトスピーチとか無くなっていけばいいなと思うんですけどね。」

ルシィアンナさん「沖縄の日系3世として、この世界に携わって、架け橋になれたらいいと思います。」

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みんな違って、みんないい。世界のウチナーンチュ大会が開かれる今だからこそ、多様性を喜び合えることの大切さを、移民たちの姿から感じたいですね。