大屋初子さん「本当に二度と戦争というのがないように、平和の世界であるように、そしてこの自分の孫たちひ孫たちの世代までいつも賑やかでいつも笑い声で本当に楽しい世界になってほしい」

71年前、集団自決で生きのこった80歳の女性がいます。彼女は今、ひ孫と戦地を巡りながら、平和について考えました。

けさ、魂魄の塔で花を売るのは、糸満市米須に住む、大屋初子(おおやはつこ)さん80歳。小学3年生、10歳の時に沖縄戦を経験しました。

大屋さんは、戦争を語る人が少なくなったことに危機感を持ち、未来を担う世代に平和の尊さについて考えてもらおうと、ひ孫で小学3年生の妃琉(ひめる)さんとある場所を訪れました。

慰霊の日(3)「だから、私は語る」大屋初子さん

大屋初子さん「このハウスの三角の下の方、こっちが壕の入口。亡くなった人の血、匂いばあちゃんかいだけど、とっても生臭いにおいでね。戦争というのはみんな殺し合いだからこわいの。ただの殺し合いじゃなくて海からも空からも艦砲射撃、うえから銃でぱらぱらぱらって落ちて来るし、むこうから艦砲射撃」

沖縄戦が始まると小学3年生の生活は一変します。学校では戦争の訓練が始まり、空襲警報が鳴ると、裏山に逃げました。

大屋初子さん「並んで歩く、そしたら自分の子供たちが足でまといになるから池にみんな捨てるわけよ。」

辿り着いた、米須のカミントー壕では、アメリカ軍に手りゅう弾を投げ込まれたことをきっかけに、凄惨な集団自決が始まりました。しかし大屋さんは、「絶対死ぬのは嫌だ」と泣いて生き残ったと言います。

「魂魄の塔」。住民、軍人、敵味方の区別なく犠牲者の骨が納められています。

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大屋初子さん「自分はこうして元気で生きて幸せだけど、この亡くなった方にはすまないという気持ちがいっぱいあるんです。だから、花いっぱいでも花を捧げてこれで心も休めてくださいねって。皆さんがこうやってお花を供えて、二度と戦争がないように、これからは孫ひ孫たちのためにも世の中は世界中みんな平和で仲良くさせるようにお願いしますって。わかった?(うなずく)」

妃琉(ひめる)さん「(Qどんなときに平和だなと思う?)給食食べるときと、おうちに帰れるとき。おかあさんがお帰りっていう。」

大屋初子さん「3年生の平和はどんなかね?どんなしたら平和かね一番?」

妃琉(ひめる)さん「勉強を教え合うとか(Q困っている人がいたら?)助ける。」

沖縄戦から71年の慰霊の日今年も大屋さんは戦没者に手向ける花を売っていました。

慰霊の日(3)「だから、私は語る」大屋初子さん

大屋初子さん「戦というのは大変だね。こんないっぱいの人が亡くなったら家族は苦しむし、だけど、こうやってお花を供えているから、これで救われるかもしれない。みんな仲よくなって会っても笑顔で挨拶してこれからも世界中手を結んで輪になっていくのが一番大事じゃないですか。これが願い。」

大屋さんは、ひ孫の姿に当時の自分の姿を重ねているんですね。それだけに、語っておかなければならならない平和への思いが伝わります。