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2014回顧「基地問題」揺れる辺野古 反対訴える女性の思い

『辺野古の海にフロートが引き出されていきます』

8月、立ち入り禁止区域を示すおびただしい数のフロートが大浦湾に浮かべられました。

2014回顧「基地問題」揺れる辺野古 反対訴える女性の思い

日米両政府は、仲井眞前知事の承認を得て、名護市辺野古の海・170ヘクタールを埋め立て、1800メートルの滑走路2本を備えた巨大なアメリカ軍基地の建設を進めています。この夏、10年ぶりのボーリング調査が迫っていました。

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島袋文子さん「みんなが反対しているのを見て、ちゃんぐとぅーうむいが(どう思うのか)。戦争やっていいと思うの。こっち見て」

大型トラックの前に立つ島袋文子さん、辺野古区の住民です。容赦なく降り注ぐ日差しの中、文子さんはゲート前に通い続けました。

2014回顧「基地問題」揺れる辺野古 反対訴える女性の思い

文子さんのほかにも、辺野古では工事を止めようと、人々が連日阻止行動を始めました。しかし警察が容赦なく取り締まります。

85歳の文子さんにとって過酷な夏でした。

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さらに海上では、全国から集まった海上保安庁の職員たちが徹底的に阻止行動を封じ込めました。

『反対派のゴムボートが、海上保安庁の船に追われている様子が確認できます』

人々の目の届かない所では、さらに荒々しい様子も。

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『鉄パイプのようなものが海面におりました。ボーリング調査が始まったもようです』

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文子さんが体を張ってでも基地建設を止めようとする背景には沖縄戦での壮絶な体験がありました。死体だらけの戦場で、水を飲んだ翌朝のことです。

文子さん「夕べの水飲んだところ後ろ振り向いてみたらね、死体が浮いているの。人間の死体の血の泥水を飲んで生きてきたんだよ。だから、私はそこにはいる。自分はもう兄弟も親もいない、結婚したけど子どももないからさ。独り身である。だから今私が立ち上がらないと」

2014回顧「基地問題」揺れる辺野古 反対訴える女性の思い

11月。辺野古への基地建設を争点にした沖縄県知事選挙は反対を訴えた翁長雄志さんがおよそ10万票の差で圧勝しました。文子さんの目に、うれし涙が光りました。

文子さん「きょうは生きていて良かったと思います」

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政府は選挙の結果に関係なく工事を進める方針を示していますが、文子さんは諦めていません。

この日文子さんは100人分のカレーを作って、みんなに振る舞いました。

2014回顧「基地問題」揺れる辺野古 反対訴える女性の思い

文子さん「あったー暴力しても私は暴力しないで、柔らかくお返ししたいと思っています」

沖縄戦を生き抜いた文子さん。86歳になる来年も、時に鋭く、時にやさしい眼差しで、辺野古の海を見つめ続けます。