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戦争で死んだ軍人を英霊として祀る「靖国神社」から家族の名前を外してほしいと、沖縄戦の遺族らが訴えている沖縄の靖国裁判については何度もお伝えしていますが、一方、靖国神社には毎年五百万人を超す人々が訪れています。

8月15日。終戦の日の黙とうを靖国神社で捧げようと、今年も16万人もの人々が詰めかけました。国に殉じた人を神とたたえることに違和感のない国民が大勢いる一方、沖縄戦で死んだ民間人六万人近くが「準軍属」として英霊にされることに、異議を唱える人もいます。

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3年前、靖国神社に問い合わせた崎原さんは愕然としました。母が「靖国の神」になっていたのです。

崎原さん「ウトの命、とある。何がミコトか。所属部隊・第32軍、書かれているわけ。なんで神様になったか」

日本軍の一員として祀られていた母。実際は、避難していた壕を日本兵に追い出され、逃げ場を失い砲弾に撃たれたのです。

崎原さん「即死だった。何の盾もないようなところに放り出された中の死だったということで。それは死者に対する最大の冒涜なんだと。」

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終戦の日に合わせて、東京では靖国神社の合祀に反対する台湾や韓国の遺族らも交え、靖国を問い直すシンポジウムが開かれました。

沖縄国際大学・石原昌家名誉教授「沖縄戦で亡くなった一般住民を靖国に合祀することによって、ヤマト政府が軍事植民地的支配だけでなく、精神的にも沖縄を支配するという仕組みを作り上げていったと思います」

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この後、沖縄靖国裁判の原告らも参加して平和行進が行われました。

「沖縄戦の被害者は英霊ではないぞ~!」

平和行進には700人が参加。反靖国のアピールに抗議する団体との間で現場は騒然となった。

靖国神社については激しい賛否両論がありますが、しかしなぜ、沖縄の民間人が祀られることになったのか、その背景は知っておく必要があります。

詳しい経緯も含め、5日(日)夜、特別番組でお伝えしますが、沖縄にとっては「それぞれの考え方があっていいんじゃないの」とばかりは言っていられない、根の深い問題が潜んでいます。ぜひご覧ください。