著作権や肖像権などの都合により、全体または一部を配信できない場合があります。

アメリカ軍の潜水艦の攻撃を受け沈没した学童疎開船「対馬丸」に乗っていた8人の遺影が15日、新たに対馬丸記念館に追加されました。

学童疎開船「対馬丸」は太平洋戦争末期の1944年8月22日、鹿児島県悪石島の沖合でアメリカ軍の潜水艦の魚雷攻撃を受け784人の子どもを含む1484人が犠牲となりました。

対馬丸記念館に新たに追加された遺影は学童疎開で乗船した伊良波長倫さんや国吉ヒデ子さんら子ども5人と世話人として乗船した儀間嘉子さんら3人で、遺族らによって掲示されました。

母の兄弟の遺影を飾った男性は「(遺影が飾られて)感慨深い。良かったなという風な感じ」と話し、国吉さんは親族の遺影は、すでに掲示されていると思っていたと言い、この機会が得られて良かったと話していました。

現在、掲示されている遺影の数は426人で犠牲者のおよそ4分の1です。記念館の比嘉正詔代表理事は「亡くなった多くの方々の生きた証として発信していきたい」と遺影の提供を呼びかけています。