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特集です。玉城知事があす、任期満了を迎え、翁長前知事から続く12年のオール沖縄県政にピリオドが打たれます。辺野古新基地の反対を訴え続けた、オール沖縄が残したものとは何だったのか。振り返ります。

「日本から出ていけ」「中国の手先は日本から出ていけ」

2013年1月。東京・銀座に響く罵声。その中を、沖縄からの代表団がデモ行進をしていきます。訴えたは、オスプレイの配備撤回と普天間基地の辺野古移設断念。この2つの要求を県内41市町村の首長と議会議長が署名して求めた建白書。当時の安倍総理に直接訴えました。

県内で一致した要求だった辺野古移設の断念。しかし、それを切り崩す動きは進んでいきます。

自民党・石破幹事長(当時)「辺野古移設を含むあらゆる可能性を排除しないということで一致をいたしました」

9月、自民党本部は当時・普天間の県外移設を主張していた県選出の自民党議員らを辺野古移設容認に回帰させました。そして。

玉城知事退任へ/オール沖縄県政の12年を振り返る/辺野古反対の「衰退」要因は?

仲井眞知事(当時)「基準に適合していると判断をし、承認することといたしました」  

移設反対を主張していた当時の仲井眞知事。主張を翻し、辺野古新基地の埋め立てを承認します。反対を掲げる中での埋め立て承認に、県民は大きく反発しました。

翁長雄志那覇市長(当時)「政府によって強行されている辺野古新基地建設には、断固反対します」

2014年の県知事選挙に出馬を表明した当時の翁長雄志那覇市長。翁長さんは、県議などを務め自民党で政治キャリアを歩んできました。その中で、革新と保守の対立を乗り越えようと、これまでの革新勢力や経済界の一部の支援も得て、知事選に打って出ます。

オスプレイ配備と普天間基地の県内移設。2つの断念を求め「建白書」の実現を目指す勢力として集結してきた、オール沖縄。象徴的な言葉も生まれます。

玉城知事退任へ/オール沖縄県政の12年を振り返る/辺野古反対の「衰退」要因は?

翁長雄志那覇市長(当時)「イデオロギーよりもアイデンティティに基づく、オール沖縄として次の時代を担う子や孫の時代に禍根を残すことのない、責任ある行動こそが今強く求められております」

知事選で、辺野古新基地の阻止を訴えた翁長さん。3期目を目指した仲井眞知事を破ります。就任後取り組んだのは、知事権限を行使しての、工事の差し止めでした。国側が対抗措置を取る中で、複数の法廷闘争にも突入していきます。

任期が残り1年を切った2018年4月、膵臓がんを公表。その中でも、辺野古新基地建設に関して、仲井眞前知事の埋め立て承認を撤回する意思を表明します。

翁長雄志知事(当時)「新しい飛行場はどこが出す。沖縄だろう。本土は理解がないから沖縄がやるべきだ。そして振興策。私みたいな者が出てきて反対したら、振興策は厳しくなるとということで、これから何十年先も沖縄が置かれていいのか。ということを理解いただかないといけない」「思いがないと。この問題には答えられないんですよ」

翁長さんは2018年8月8日、任期途中で亡くなりました。亡き翁長さんの跡を継いだのは、玉城デニーさんです。県内でタレント活動をしていた玉城さんは、テレビでもおなじみの存在でした。政治家としては沖縄市議を経て、2009年、当時の民主党から衆議院沖縄3区に出馬し初当選。オール沖縄の一員として行動していました。

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玉城デニー氏「来たる県政において私は、しっかりと翁長知事の遺志を引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する立場にあることを、ここに表明いたします」

翁長さんの弔い選挙となった、2018年9月の知事選で初当選を決めます。当選直後の2018年12月、政府は辺野古の土砂埋め立てに着手。工事の進展を県民に示しました。

その反面、翌2019年2月に行われた辺野古埋め立て工事の賛否を問う、県民投票。有効投票の72%が反対の意思を示します。

玉城知事「反対の民意が大きく示されたということが、この埋め立ての賛否を問うワンイシュー・シングルイシューに対する、県民の示した判断だということが、その意義、意味の方が大きい」

辺野古新基地建設を巡って、 玉城県政も国と対峙を続ける中、表面化したのが、大浦湾側にある軟弱地盤の存在です。国側は2020年、軟弱地盤を固める工事を加えた「設計変更」を申請。翌年、県は技術上の問題を指摘し、不承認にしました。

沖縄の日本復帰50年の節目を迎えた2022年。この年の知事選では、玉城さんが再選。2期目に入ります。設計変更については、国が対抗措置を取る中で、県との裁判が続きます。

玉城知事退任へ/オール沖縄県政の12年を振り返る/辺野古反対の「衰退」要因は?

裁判判決を受けて、国側は国土交通大臣が県に代わって工事を承認する代執行を行いました。

玉城知事「多くの県民の民意を踏みにじり、憲法で定められた地方自治の本旨をないがしろにするもので誠に遺憾」

2024年以降、国は大浦湾側の軟弱地盤の工事に着手。県と国の間で続いていた裁判もすべて、終結を迎えました。

玉城知事「機能を新たに加える辺野古新基地は基地の永久固定化であり、断固として認められない」

新基地の阻止に向けて手段が限られる中、3期目を目指した玉城さん。選挙戦では経済政策を中心に訴えるも、自民党など国政政党が推薦した新人の古謝玄太氏に大敗します。

玉城知事「翁長雄志(前)知事が立ち上げて、横断的な存在だったオール沖縄とはかなり変遷をしていて、陣容も構成も位置づけも違っている。オール沖縄の建白書の実現という理念はぶれていないと何度も申し上げてきた」

玉城知事退任へ/オール沖縄県政の12年を振り返る/辺野古反対の「衰退」要因は?

今回の知事選挙で特徴的だったのは、各種世論調査で現れた一つの傾向でした。辺野古新基地建設について賛否が拮抗、あるいは、調査によっては賛成が上回る傾向が示されたのです。

基地問題について研究を重ねてきた、沖縄国際大学の野添教授。民意の変化に2つの要因を挙げます。

野添教授「代執行という形で日本政府が強硬に工事を進めていく中で、反対してもダメなんじゃないかと、感情が高まったのが一番大きな要因。同時に検証が必要だが、辺野古沖の事故も一定影響を与えているのでは。女子高校生が乗船し、亡くなったことで、辺野古に反対することの正しさを疑わせることになった。本土側からの非常に厳しいバッシングもあり、辺野古移設問題から目を背けたかったのではと推測する」

知事選で当選した古謝氏は、1972年の復帰後生まれの世代としては初めての知事就任となります。多くの有権者が基地問題よりも経済対策を重視する傾向も現れた中で、選挙分析で語られたのは、県民意識の「本土化」という言葉です。

野添教授「復帰前に生まれた人たちは沖縄戦、米軍統治の体験を持ち、沖縄の歴史について強い意識を持っているし、同時に沖縄県民というローカルなアイデンティティを持ちやすい。基地問題についても反対の姿勢が強く出る」

玉城知事退任へ/オール沖縄県政の12年を振り返る/辺野古反対の「衰退」要因は?

野添教授「1972年以降に生まれた50代よりも下の世代にとっては、より日本人としての感覚が強い。生まれたときから基地が存在していることもあり、基地を当たり前のものと感じやすい」「アイデンティティとして非差別意識は感じていないという意味で本土化してきているということ。問題の構造自体は基地問題をはじめ所得が最下位ということも含めてそういった問題は本土化していないという問題はある」

イデオロギーよりアイデンティティーと掲げて発足したオール沖縄。終焉を迎えたともいわれる知事選での敗北は、沖縄の政治史にどのように書き込まれるのでしょうか。

取材した塚崎記者です。今回の知事選挙で県民意識の変化が注目されましたが、どのように振り返りますか。

塚崎記者「辺野古新基地の問題である種の「あきらめ感」が生じたことなども、オール沖縄の弱体化、そして玉城知事の落選に一定、つながったといえます。一方で、復帰後の県知事選を見てみると、振り子にもたとえられますが、県民民意は揺れ動き、長期県政は誕生しずらい風土が作られてきました。基地が沖縄に集中する構造は、変化がない中で、どの県政であってもその解消に向け県民の声を届ける役割を負うことも、また変わらないと思います」

まもなく発足する古謝新県政と県民世論の関係にも、注目していきたいと思います。ここまで塚崎記者でした。