沖縄を巡る、有事や国際関係などを考える「『有事』の果てに」です。今回は、おととい28日で駐屯地開設から10年を迎えた与那国島について取り上げます。
駐屯地では記念式典も行われる中、2016年の駐屯地開設当初にはなかった部隊配備や訓練も入ってくるようになりました。この10年を振り返ります。
28日午後、与那国駐屯地を離着陸する陸上自衛隊のヘリコプター。小学生以上を対象にした、体験搭乗の一幕です。
この日、開設から10年を迎えた駐屯地では記念式典も行われました。
与那国駐屯地・小俣好史司令「我々がここに威風堂々と所在することが、それすなわち抑止力そのものであることを肝に銘じ、日々鍛錬を重ねてもらいたい」
2000年代初頭、宮古島より西側の先島地域は、陸上自衛隊が配備されておらず、空白地帯とされてきました。
空白を埋めるとして行われた配備、いわゆる「南西シフト」。その起点は、2016年3月の与那国への配備だったのです。
外間守吉町長(当時)「人口がこれほど減少している状況。これからも続く。これに歯止めをかける」
2009年。自衛隊の誘致計画が浮上した当初の外間守吉町長。町議会の誘致決議などに応じる形で、政府の閣僚などがこのころから島に入るようになりました。
自衛隊の配備決定は2011年。当初の名目は、周辺を見張る沿岸監視隊の配備でした。
外間守吉町長(当時)「この島の状況を監視してあげますということですから、もっと監視してもらいたい。もっとこの島を守ってもらいたい」
2015年には住民投票も行われ、基地建設に賛成が多数となっています。
町民「反対といってももうどうしようもない。すでにむこう(工事を)やっているんだから」
住民投票はすでに駐屯地の工事が始まった状況下で行われていました。さまざまな紆余曲折を経て2016年3月、与那国駐屯地は設置されたのでした。
時はさかのぼって、2011年。政府の自衛隊配備が浮上した当初の住民説明会。当時の外間町長と住民の間で、このようなやり取りがありました。
町民「町長は自分は自衛隊は入れるが米軍は入れないと言った。日米安保で知られているように、自衛隊がいるところに米軍は必ずやってくる」
外間守吉町長(当時)「自衛隊と米軍は切り離して考えないといけない。あくまで自衛隊が入るから米軍が来るという、あなたの思い込みが間違っている」
アメリカ軍が島に入るのではという懸念を、一蹴していた当時の町長。自衛隊配備計画が浮上する前の2007年、アメリカ軍の掃海艦が与那国島に寄港。当時から、台湾有事をにらんだ島の拠点化への警戒感もありました。
当時の町長の認識とは裏腹に、与那国駐屯地のアメリカ軍使用は2022年ごろから始まり、レーダー部隊も展開しての訓練が行われてきました。
加えて、配備当時にはなかった部隊増強も続いてきました。当初は沿岸監視とされた部隊も、電子戦関連の部隊のほか、2030年度には、対空ミサイルの配備計画も浮上しています。
今月上旬に防衛省が開いた説明会では、このような指摘も出ていました。
町民「10年間の間に電子戦部隊。地対空ミサイル部隊と比較的短期間のうちに、増員増設を行う。予想ができなかったということになると、皆さんの安全保障の専門家たる知見にいささか疑問を持たざるを得ない」
防衛局担当者「配備して以降10年で、かなり我が国、南西地域を巡る状況は非常に変わってきているというのが率直なところ」
台湾有事も念頭に、自衛隊の増強が続く与那国。式典でのあいさつで上地町長はこう強調していました。
上地与那国町長「さらなる機能強化。与那国駐屯地が果たす役割について、今後とも住民に丁寧な説明をなされるよう強く要望いたします」
上地町長は先月、私たちの取材にこう明かしていました。
上地町長「防衛の関係者とお話しする中で、与那国島への増強は中SAM(対空ミサイル)である程度めどがつくんじゃないかというお話も一応いただいているところなんですが。それが本当かよくわからない」
塚崎記者「与那国島の西崎です。ここから110キロ先に台湾があります。駐屯地の開設から10年が経った今、周辺での有事も名目に、部隊の増強が続く状況を、私たちは見つめていかなければなりません」
