「検証 動かぬ基地」です。これまでも取り上げてきた、アメリカ軍の那覇空港使用についてお伝えします。
1996年の普天間基地の返還合意から今年で30年が経過。辺野古移設計画が浮上した当初から、アメリカ軍が那覇空港も使う想定がされていたことがわかりました。30年近く、置き去りにされてきた問題に改めて向き合います。
古謝知事「すでに工事が進んでおり、具体的な代替案の検討がされていない現状を踏まえれば、辺野古移設が一日も早い普天間飛行場の危険性除去と早期返還のための最も早い解決策と考え、容認している」
9月に就任した、古謝玄太知事。先月17日、辺野古新基地建設で地元とされる名護市の辺野古、豊原、久志のいわゆる久辺3区長らと面談しました。基地建設の容認を掲げ、知事選に勝利した古謝知事。負担を受け入れる地元住民と、生活環境の改善などで意見交換しました。
名護市・渡具知市長「(久辺3)区の意見も県も一緒になって、吸い上げていただければありがたいと話をした」
国が代替策を検討する姿勢を見せない中、「もろ手を挙げての賛成しているわけではない」として基地建設に容認の姿勢を示してきた、基地周辺の住民たち。
冒頭以外非公開の面談では、このような発言もあったといいます。
古謝知事「(豊原区長から)苦渋や葛藤があったうえで(基地建設)受け入れになっている。地域の安全であるとか、将来も住み続けられる環境を確保していただかないとこの立場を取り続けることは難しい。(知事も基地建設)容認の立場である以上、地域の将来にも責任を持ってほしいという話をいただいた」
日米両政府が普天間基地の返還を合意してことしで30年。様々な経緯を経て、続いている辺野古移設に伴う新基地建設は、8つある普天間基地返還条件の一つにすぎません。
8つの条件の中、にわかに注目を集めるようになったのは、「緊急時の長い滑走路使用」です。
大東文化大・川名教授「辺野古の滑走路だけで我慢してくれと(米)軍部を説得するのは非常に難しい。軍部としては最低限、那覇空港なりどこか近隣の空港で短い滑走路の失われる機能を穴埋めすると。ここは譲れないのではないか」
この問題を追う、大東文化大学の川名教授。おおやけにされている公文書に、緊急時の滑走路使用についての記述がされていたにもかかわらず、見落とされてきたと話します。
その一つが、アメリカの会計検査院が議会に提出した文書です。普天間基地移設を説明する中で、嘉手納基地の代替として、緊急時に那覇空港を使う想定を明示しています。
具体的には、普天間基地がすでに撤去された後、辺野古新基地の滑走路が短く、嘉手納基地も何らかの理由で使用できない状態を想定。この状況下で那覇空港を使えることが、軍用機の緊急着陸での安全が担保されるという理屈です。
文書が書かれたのは、普天間基地の返還合意から2年後の1998年。当時はまだ沖縄に配備されていなかったオスプレイの運用が前提になっていたといいます。
大東文化大・川名教授「オスプレイは垂直に離陸できるので、長い滑走路は必要でないと日本社会では考えていた。最大積載量で滑走路が雨で濡れていると余裕をもってですね、長い滑走路を滑走して離陸するということになる。嘉手納を補足するような形で那覇空港が使えると、米側としては(辺野古新基地の)滑走路は確かに短いが、予備として那覇空港を使えるのであれば、この短い滑走路でも問題ないと」
にわかに注目されるようになった、普天間基地返還条件における『長い滑走路の問題』。日本政府は、すでに緊急時の民間施設利用の法的な枠組みは整えられているとの立場を取り続けています。
小泉防衛大臣「普天間飛行場の移設返還に関する報道において、あたかも何か新しい論点が生じたり、新たな条件が付されたりしたかのように取り上げられていますが、全くそのようなことはなく、これまでと何も変わりはありません」
古謝知事「工事の進捗については、なかなか『順調だ』『遅れている』というのは、12年の工期の中で私が判断するというのは、現場で見ても難しい。(防衛局側の)説明の中では、順調に進んでいるという話があった。しっかり都度都度進捗確認はしないといけない」
久辺3区長との面談の後、キャンプ・シュワブで、基地建設工事を視察したという古謝知事。知事は選挙期間中から、普天間基地の返還期日を明確に示すよう、政府に求める姿勢を見せています。
橋本総理(当時)「普天間飛行場は今後5年ないし7年以内に、これから申し上げるような措置が取られた後、全面返還されることになります」
安倍総理(当時)「普天間の5年以内の運用停止、オスプレイ12機程度の県外拠点配備について、ご要望をいただきました。沖縄の基地負担を軽減するため、本土における、それに向けた努力を十二分に行うべきであると考えています」
辺野古新基地建設の計画が浮上して以降、さまざまな期日が浮上しては、実現しないまま過ぎていきました。川名教授は、こう指摘します。
川名教授「返還期日を切るということが可能かどうかということ。おそらく日本政府としてはやらないだろう。返還の決定権を持っているのは米軍側。米軍側としては、十分に代替する機能を持つ新たな基地が選定されるまでは、当然だが期限を切ることはできない。時限を切るということよりも、(普天間基地)返還条件が一体どうなっているのか、改めてすべてこのテーブルの上に一度出して、何がどう履行されれば返還されると米側は考えているのか、そのことを再確認することが重要」
ここからは塚崎記者です。改めてですが、那覇空港の緊急時の使用ということですが、どのような問題なのでしょうか。
塚崎記者「はい。日米が定めた普天間基地の返還条件は8つありまして、そのうちの一つに「長い滑走路の緊急時における民間施設使用」というものがあります。日本政府側の回答としては『必要な法的枠組みはすでに整えられている』とする一方、アメリカ国防総省が『長い滑走路』が選定されるまで普天間が返還されないとの見解を示しています」
今回、紹介した文書もそうですが、川名教授は公開されている文書も含めて精査する中で、那覇空港をアメリカ軍が使う可能性を指摘してきました。普天間基地の返還合意から今年で、30年がたちますが、改めてこの問題を考える意味とは何でしょうか。
塚崎記者「返還合意から30年がたっていますが、8つの条件のうち辺野古への移設にともなう新基地建設のみにわたしたちメディアも含めて注目し続けてきた中で、那覇空港の使用の可能性も含めて、ほかの要素は見過ごされてきた側面はあったかと思います。移設容認の古謝県政に交代したなかで、あさって、政府と県が協議を行う沖縄政策協議会が13年ぶりに再開します。古謝知事は現時点で、返還期日の明確化を重点的に訴えていますが、これまでの県政と違うアプローチで、膠着状態にある普天間基地の返還問題を前に進められるか問われると思います」
新基地建設を容認する古謝知事。今後、政府との関係がどう推移するのか、これからも注目したいと思います。ここまでは塚崎記者でした。
