2026年8月に88歳で亡くなった那覇市出身の報道写真家・石川文洋さんを「しのぶ会」が10月22日、那覇市で開かれました。
石川文洋さんは「戦争になれば民間人が犠牲になる。政府や軍隊は民間人のことを考えない。それを私は実際見て、写真を撮ってある」と話しました。
1938年に那覇市で生まれた石川さんは、ベトナム戦争時、現地の戦場と出撃基地となった沖縄の両方で取材を行ったことなどで知られています。晩年までカメラを持ち、沖縄や各地で写真を撮り続けました。
那覇市で開かれた「しのぶ会」では、生前、親交があった人たちや報道関係者が集まり、石川さんの足跡をたどりました。
会場では、ベトナム戦争などで撮影された写真を通して戦争の実相が共有されたほか、縁の深かった参列者が思い出や追悼の言葉を述べ、故人を偲びました。
ベトナム戦争取材に協力・主和津ジミーさんは「彼は僕よりちょっと早く逝きましたが、石川文洋は僕の本当の兄弟みたいなものでした」と話しました。
ベトナム語通訳者グュェン・ド・アン・ニェンさんは「石川文洋さんのおかげで自分の国の歴史も勉強するようになった。石川文洋さんのおかげで沖縄のことも、もっと好きになりました。穏やかで優しい気持ちに感謝の気持ちを言いたい」と話しました。
生前親交があった宜野座映子さんは「子どもにも孫にも話をしていますよ文洋さんの写真で。たくさんの言葉はいらない、生きるということ、じゅんに命どぅ宝やさということ。これに尽きるよね」と話しました。
「喜瀬武原。日が落ちて、月が昇るころ」
会場では、歌手の海勢頭豊さんが、追悼の演奏をしたほか、生前使っていたカメラや、手書きの原稿、出版した本などが展示されていました。
石川さんの息子・文俊さんは「一人ひとりにいろいろな石川文洋がいると思う。これからも何かの機会、酒を飲んだ時にでも少しでも思い出してもらえると親父も喜ぶと思う。また石川文洋を思い出して一杯やってください。今日はありがとうございました」と話しました。
出席者からは、石川さんの思いを引き継ごうという決意も聞かれました。
