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今を生きる私たちが、沖縄の未来を見ていくシリーズ「IMAGINEおきなわ」です。今回から2週連続で日本最南端の島、波照間島の暮らしについて特集します。

先週は旧盆でしたから県内各地でエイサーなどがにぎやかに行われましたよね。でも、波照間島の旧盆のようすは少し、違っていたようです。

那覇から460kmあまり離れた日本最南端の島「波照間島」です。「ハテルマブルー」の美しい海が、訪れた人を真っ先に迎えてくれます。

この日は旧盆の初日、「ウンケー」です。人口500人に満たない島の基幹産業はサトウキビ。美しい海を売りにした観光も盛ん?ですが、人がいませんね。

公民館長・仲底善章さん「沖縄県で一番不便な島だと思ってるわけ」

#IMAGINEおきなわ vol.34 波照間「すむづれ」の島の旧盆

次の日の、旧盆中日は4年ぶりに島をあげてのお祭り「ムシャーマ」が行われるんですが、波照間公民館長の仲底さんは島の人口減少や高齢化を心配しています。

仲底善章さん「やっぱりコロナですよ、年寄り怖いから。4年ぶりにできるのでうれしいし、4年間やっていないので、忘れてしまったりもあるので。あとは人が減っているんですよね、それが今課題かな」

島には独自の「開闢神話」があります。昔、波照間は海の幸、陸の幸に恵まれ、ハブなど人間に危害を加えるものやマラリアなどもない豊かな島でした。それで人口が増え過ぎて、老人や子どもを殺める者も出てきました。怒った神様は天から降りてきて、心の正しい男女二人を選んで洞窟に隠し、島に油雨(アバアミ)を降らせた後、火を放って焼き払ってしまったのです。

生き残った男女の子孫が今の波照間島民であり、波照間の人々は思いやりが深く、心をひとつにするという意味の「すむづれ」の島となりました。

仲底善章さん「あすのムシャーマなんかまさにこれ、お互いいる人で全部協力して出していくと。島の人全部が出演する。協力がなければできないってこと」

#IMAGINEおきなわ vol.34 波照間「すむづれ」の島の旧盆

そんな「すむづれ」の島のウンケーはどんな様子なんでしょう。ウンケーといえばにぎやかなエイサーや、ゆかいなアンガマーなど、県内各地でさまざまな催しが行われますが、波照間のウンケーは、静かです。

翌日のムシャーマ準備のため、波照間では賑やかな「お迎え、ウンケー」は行われません。みんな家の中で祖霊に手を合わせます。ここ冨底家では、親子三代そろって仏壇にウートートーする昔ながらの光景が見られました。

冨底さん「ウケトーリソーリ、ウートートー。足はちゃんと正座しなさい!おじぎして、ウートートー。先祖の昔のね、亡くなった爺ちゃん婆ちゃんなんかにね供養してあげるんだな。ありがとうございましたって」

#IMAGINEおきなわ vol.34 波照間「すむづれ」の島の旧盆

冨底さん「先祖さまがおったから爺ちゃんも生まれてきたし、お父さんも生まれてきたし、あんたらも生まれて来たでしょ、先祖代々がいらっしゃらなかったら、僕も生まれないし、お父さんも生まれないし、あんたも生まれないんだよ。全部」

道ばたで、船で一緒だった男性に再会しました。波照間出身で、いまは石垣島に暮らす後冨底(あとふそこ)さんです。

後冨底さん「島はもう、自分にとっては最高の島です。中学校卒業したらこの島出ないといけないってことで出て、帰って来るのも今は船でサッと来られるけど昔はそういうのがなくて、行ったら帰って来られない」

後冨底さんのように、島を離れているけれど旧盆、とくにムシャーマのために年に一度は島に戻って来るという人も少なくないんだそうです。

#IMAGINEおきなわ vol.34 波照間「すむづれ」の島の旧盆

後冨底さん「去年もコロナで帰れなくて。ムシャーマ行きたい行きたいとなるね、それはもうご先祖様が呼んでるのもあるかもしれないし、小さい島だけど島の先輩方全部が誇り持ってる島だから」

島の人たちがそれはもう楽しみにしている旧盆のメインイベント、ムシャーマ。一体どんなお祭りなんでしょう!?

仲底善章さん「(あしたのムシャーマについて)特に年寄りの方が多分、楽しみだと思う。みんなが力を合せてそれぞれ楽しく、生き甲斐っていうかな、そういうのになって、それが祭かなと。練習で大変だけど(笑)」

会えなかった時間を取り戻すように、島の人々は旧盆の時間を大切に過ごしていました。