戦後76年になる今年。戦争体験者や語り部は年々減少し、若い人たちが戦争について考えるきっかけが失われつつあります。沖縄戦の記憶を次世代に残そうと活動する学生を通して、次世代につなげることの大切さを改めて考えたいと思います。

沖縄戦遺骨収集ボランティア・具志堅隆松さんのハンガーストライキ会場で熱心に耳を傾けているひとりの青年がいます。石川勇人さんです。

沖縄国際大学・大学院で、過去の戦争や現代の社会についての研究をしながら、沖縄戦の記憶の継承をおこなっています。沖縄戦について学ぼうと思ったきっかけは、高校3年生の時に出会った、海外に住む日系のうちなーんちゅとの交流でした。

沖縄戦の記憶の継承をする大学院生

石川勇人さん「海外の学生さんたちに「どうして沖縄に住んでいるのに、沖縄のことを必死に学んでいないの?」と言われたことがきっかけで、何か沖縄のことについて学ばないといけないな、という意識を強く持つようになったと思います」

大学進学後、初めての聞き取り調査で、沖縄戦で甥っ子を亡くした女性に4時間に渡って話を聞いたところ、その女性はその日の夜から眠れなくなったり、ごはんがのどを通らなくなるといったPTSDを発症してしまったといいます。

石川勇人さん「彼女の家に1年以上通い続けて、お話を何回も何回も聞いて、PTSDの回復をするというふうに微量ながら、一緒に聞きながらその思いを整理をしていくというところはやりましたね」

体験者にPTSDを引き起こさせてしまったのは、自分の責任であると感じ、辛い思いをしながらも話してくれる、体験者のもとに何度も足を運び、その戦争体験と向き合い続けました。大学2年生のときのこの経験から、信頼関係を築いていくような聞き取りの大切さを学び、3年間でおよそ30人の戦争体験者ひとりひとりに寄り添ってきました。しかし、コロナ禍で高齢者である戦争体験者に会えない期間が続いています。

石川勇人さん「体験者の人たちの表情の変わり方であったり、言葉が詰まりながら語る表情とかは、やっぱり電話だと見えない部分があるので、もう本当に聞く時間が限られてきている状況の中で、会って聞けないというのは非常に大きな問題というか、制限されていることかなとは思っています」

沖縄戦の記憶の継承をする大学院生

石川勇人さん「もともと沖縄戦のことを調べ始めたのは、大学1年生のときに、白梅学徒隊についてゼミの調査で調べたのがきっかけだったので、沖縄戦に向き合う原点というのが、自分の中ではある場所。毎回来た時には参拝をしていますね」

聞き取り以外の場面でも、沖縄戦について、より詳しく学ぶために様々な活動に携わっています。その1つが、沖縄戦で動員された、若き女学生たち・白梅学徒隊の継承団体である、若梅会の活動です。

沖縄戦の遺族も高齢になり、さらに今年はコロナの影響で、慰霊の日に現地で参拝できない人に代わって、若梅会がメッセージを添えたお花を慰霊の日にそなえる「白梅ウムイ花プロジェクト」に携わっています。

石川勇人さん「一人ひとりの戦前の姿だったり、戦争をどのように生きていて、最後どのように亡くなっていったよ、というのを一人でも多くの人を伝えるということで、一人ひとりの命の重さをつないでいくということはしてます」

沖縄戦について触れることができる現場に赴いて、世代を超えた人々とのつながりを大切にしていた、石川さん。あさって戦後76年となる慰霊の日を迎えようとしているなか、沖縄戦の風化が叫ばれ、体験者を失うという危機感が、1人の若者を沖縄戦の継承に突き動かしています。

沖縄戦の記憶の継承をする大学院生

石川勇人さん「やっぱり戦争から徐々に遠くなっていくということは、身の回りに体験者がいなくなっていくというところで、沖縄戦がどうだったというのを知ってもらうためにも、さらに遠くなる世代をつなげていくために、自分自身も、何か慰霊の日というものを、真剣にもう一回考え直す必要があるかなとは思っているので、体験者であったり遺族が亡くなっていったあと、私たちが同じぐらい強い思いを持って、慰霊の日について、立ち止まって考える日にしたいなと思っています」