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コロナと沖縄の1年を振り返るシリーズ、きょうは戦後75年です。今年はあの凄惨な沖縄戦から75年という節目の年でしたが、平和教育もコロナに翻弄され続けた1年となりました。ただそんな中でも戦争の悲惨さ、平和の尊さを伝えようと各地で奮闘が続いています。

戦時遭難船舶遺族会・大城敬人事務局長「コロナの感染防止のためとはいえ、慰霊祭を初めて中止するのは残念の極み。」

戦後75年。大きな節目の年を迎え、戦争の記憶の継承に力を入れるはずだったこの1年。しかし、慰霊祭は各地で中止や規模の縮小、歴史を物語る資料館なども相次いで休館を余儀なくされるなど、新型コロナが「平和教育」に暗い影を落としました。

ひめゆり平和祈念資料館・普天間朝佳館長「今年は私たちの資料館にとっても、平和教育全体にとっても危機の年になったと思っています。」

この1年を「危機の年」と振り返ったのは、ひめゆり平和祈念資料館の館長・普天間朝佳さん。おととし、元ひめゆり学徒隊の島袋淑子さんから館長を引き継ぎ、戦争を体験していない世代での活動が本格的に動き出している中で迎えた、戦後75年のコロナ禍でした。

2020年を振り返る コロナ×戦後75年 コロナ禍でも伝え続ける「平和の尊さ」

ひめゆり平和祈念資料館・普天間朝佳館長「当館は72日間も休館して、開館後も入館者の方が90%以上も減少しているんですよ。本当は今年の7月に予定していたリニューアルも、来年の4月に延期となってしまいました。戦後75年というのは戦争と平和を考えるという意味でとても大きな節目の年だったと思うんですね。」

住民が巻き込まれ4人に1人が犠牲となった沖縄戦に、負傷した兵士たちの手当てをする看護要員などとして、動員され、136人の若い命が奪われたひめゆり学徒隊。その経験を後世に伝えるため、元学徒らが中心となって設立したこの資料館も来館者が激減している現状に、前館長の島袋さんも不安な思いを口にしています。

島袋淑子さん「資料館に来てくだされば戦争の恐ろしさとか、命の尊さとかわかってもらえるんですよ。たくさんの命を失った戦争のことについては、やっぱり1人でも多くの人に関心を持ってほしいわけですよね。それがだんだん遠くに追いやられていくことがとても心配です。どんなに年月が経って100年経っても何年経っても、みんなが知ってほしいです。」

体験者たちの思いも背負って、資料館では模索が続いています。

2020年を振り返る コロナ×戦後75年 コロナ禍でも伝え続ける「平和の尊さ」

説明員・尾鍋拓美さん「教科書には載っていない沖縄戦。そこにいた人どういう体験をしたか、この資料館には詰まっています。」

この日は、修学旅行で訪れるはずだった県外の高校生たちへ、オンラインでの講話が行われていました。

講話を聞いた生徒「オンラインという形でお話を聞けたのもありますけど、直接その場所に行ってみないとわからないことも多いと思いますので、いつか個人的に行けたらいいと思っています。」

説明員・尾鍋拓美さん「対面だったら反応が直にわかりますけど、ここに小さく映っているんですけど、その人に向かって話すというのはすごく難しいので。」

それでも、体験者たちからこの資料館を引き継いだ責任感、伝える使命感が、職員たちを突き動かしています。

説明員・尾鍋拓美さん「この資料館には(島袋)淑子さんたちが伝えたいことが詰まっている。淑子さんたちの思いが伝わって資料館が繋がっていくように、という責任は私たちにあるだろうなと思って、今多分その種まきを一生懸命しているところだなと思っています。」

4か月後、もう一度リニューアルに挑戦するひめゆり平和祈念資料館。Withコロナの時代であっても「伝える使命」を果たそうと奮闘が続きます。

ひめゆり平和祈念資料館・普天間朝佳館長「ずっと守り続けてきた資料館を、私たちもしっかり受け継ぎますという、ちゃんと繋ぐように頑張りますという気持ちですね。」

「平和教育」の新たな形を求めて。中には最新技術を使ってコロナ禍に立ち向かおうという取り組みもありました。

2020年を振り返る コロナ×戦後75年 コロナ禍でも伝え続ける「平和の尊さ」

豊見城市にある「旧海軍司令部壕」。大田實司令官が指揮した海軍部隊が、アメリカ軍との激しい地上戦を繰り広げた記録が残されています。

地下には20mほど掘り下げられた壕があり、手作業でツルハシを使って掘り進めた跡や、軍の幕僚である参謀が手榴弾で自決した際の弾痕など、75年前の生々しい記憶がほぼそのまま残された貴重な戦跡です。公開から50年の節目の今年、コロナ禍に見舞われました

旧海軍司令部壕事業所 所長・屋良朝治さん「残念ながら例年の実績からいうと7割減となっておりまして、非常に厳しい状況が続いております。」

旧海軍司令部壕事業所 所長・屋良朝治さん「今の私たち日本人が日常生活をしている中で、平和ということを考える機会、気付く機会がなかなかないんです。地下壕に入っていた4000名の兵が、どういった生活をしていたか考えれば、ここから伝わる平和のありがたさは身に染みてわかります。」

コロナ禍でもこの場所から平和を発信するために。屋良さんらは様々な取り組みを開始しました。ホームページにある4K・3Dパノラマ映像。実際に壕の中を歩いているかのように自分で操作をしながら詳細に見ることができます。今では立ち入りが禁止されている壕内の指令室なども映像の中では入ることが可能です

そして今、最新技術も取り入れようと開発を進めています。ガイドに指示された通りに動くと、ここでは海軍を指揮した大田司令官の写真などが出てきました。

2020年を振り返る コロナ×戦後75年 コロナ禍でも伝え続ける「平和の尊さ」

ガイド音声「慰霊の塔の前を通り過ぎ5mほどのところにある階段を上ってください。」

こちらは空間音響ガイドシステム。現在開発中ではありますが、スマートフォンをかざしながら聞こえてくる指示通りに動くと、その場に合った音声ガイドが流れてくる仕組みです。

こちらの場所では、今の風景と見比べながら沖縄戦当時、ここでどんな戦争があったかを映像で振り返ることができます。

これで対面でのガイドが難しいコロナ禍でも、1人でも学ぶことができるようになります。

旧海軍司令部壕事業所 所長・屋良朝治さん「75年経った今でも沖縄の大事な役目の中に、『平和を伝える』というメッセージがあると思うんですね。将来にわたって、平和のメッセージを伝えていける場所になれるように、続けていければと思っています

コロナ禍に見舞われ、平和教育の在り方が問われた戦後75年。伝え方は変化したとしても、変わらない「平和の尊さ」を次の世代へと受け継ぐために、戦後76年の来年も試行錯誤が続きます。

今回は、ひめゆり平和祈念資料館と旧海軍司令部壕の2か所の活動をお伝えしましたが、今年は様々な場所で、模索が続いた1年でした。来年以降、たとえ節目の年でなくても平和を伝えること、平和を学ぶことを止めてはならないということを強く感じた1年となりました。