こんばんは、ここからはニュースQ+です。こちら、笑顔の男性がいます。四肢麻痺のため首から下を自由に動かすことができず介護を受けながら生活をしていますが去年、男性は新しい挑戦を始めましたそこには男性の強い思いがありました。

読谷村にある「訪問介護・さびら」介護スタッフを派遣する事業所として、去年7月に発足しました。

その中でこの事業を運営しているのが…

Q+リポート 絶望から見えた”希望”とは

顔文字付きのメールを打っている、宮城幸春さん。頚椎損傷による四肢麻痺で手足を自由に動かすことはできないため仕事で使うパソコンは口にくわえたタッチペンで操作しています。

宮城幸春さん「訪問介護の、スタッフの配置とかを管理者とかサービス提供責任者の人と連携しながら一緒に業務をしているって感じですね」

自身も介護を受けている宮城さんがその経験を生かし同じように障害やハンディを持つ人たちの力になれればとこの事業所を立ち上げました。

宮城幸春さん「結局は人と人だよねということで、利用者が依存するサービスではなくて、もっと今よりもより良い生活を一緒に考えながら創っていこうと思っております」

現在、10人ほどのスタッフが宮城さんの思いを形にしようとこの場所で働いています。

Q+リポート 絶望から見えた”希望”とは

スタッフ・喜名百恵さん「(宮城さんは)すごく活発、活動的、発想があって本当にやりたいことを実現していこうとする。すごく前向きで、明るく楽しく生きようと毎日思っている方だと思います」

城幸春さん「こんなに褒められると…(笑)」

笑顔も多く何事にも積極的だという宮城さん。その姿は、こんなところにもありました!

バンドを組んで、ボーカルやハーモニカにも挑戦しています。今では、大会などで人前でも披露している宮城さん。しかし、このバンド活動も訪問介護事業も以前にはまったく考えられないものだったといいます。

学生時代、宮城さんは地元青年会でのエイサーをはじめアクティブに動き回る日々を過ごしていました。しかし19歳の時、海水浴中に浅瀬の海に飛び込み、頚椎を損傷。手足の自由を失いました。

宮城幸春さん「動けない自分が、どうしたら死ねるかなと最初は思ったんです。現実と夢が本当は反対なんじゃないかなって。夢の中で動いている自分が本当の自分で、今ベッドの上でいるのが夢なんじゃないかなって思ったりしたときもあったし」

目を背けたくなる現実。その宮城さんの心を変えていったのは、周りの支えでした

Q+リポート 絶望から見えた”希望”とは

宮城幸春さん「家族や周りの人が変わらずずっと接してくれて。このままだったら自分自身も嫌になるし周りももっと嫌だと思うし、これからはイメージできなかったんですけど自分に何ができるんだろうというのを少しずつ探し始めて」

自分でも何かできないか、その思いは周りにも伝わり始めましたベッドに横になったままでも作業ができるこの特製の機器は、宮城さんが仕事をすることを可能にしただけでなく部屋の電気やテレビのオン・オフまで1人で出来るように改良されています。

高校時代の同級生・吉原さんが作ってくれました。

宮城幸春さん「自分の思ったイメージを伝えたらそれを形にしてくれて」

吉原朝健さん「少しずつ試作を繰り返して、20年以上になるね。障害を持っているから殻に閉じこもっているんじゃなくて何でもいいから失敗してもいいからどんどんやっていこうというのはすごい周りの人に良い影響を与えるんじゃないかと思います」

周りにも助けられ、自分でもできることがあることに気付けたという宮城さん。障害への向き合い方も変わり、笑顔も増えました。

宮城幸春さん「思いをいろんな人に伝えたら、いろんな人が支えてくれて今はもう出会いの機会とか、いろんな機会に感謝しながら逆に障害があるからこそ、色々気付けたこと当たり前にあったのが、今では感謝に変わったりと本当に今は逆に感謝しているくらい」

そして動き始めた今回の訪問介護事業。宮城さんはこの事業が、同じように障害を持つ人たちの気付くきっかけになればと考えています。

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宮城幸春さん「今の自分ができているなら、他の障害のある人やハンディがある人だったらもっとできるんじゃないかと1人でも思ってくれる人がいたらいいなと思って1つでも出来ることを探して、やってみたいと思ってくれたらいいなというのがあります」