Qプラスリポートです。沖縄戦から70年という節目となった去年、「日本を再び戦争ができる国はさせない」と声を上げ始めた若者と、沖縄戦を生き抜いた元日本兵を取材した記者がいました。二人の姿を通してその記者が見たものとは何なのでしょうか。

戦争体験者の女性「怖かったです。こんなですもん。銃で。出て行け。子どもの頃のこと、未だに私憎みしかない。」

会場から意見する宮里さん「(日本軍が)「あんたたち、出なさい」と壕から出たのは、これ事実なんですよ。」

涙ながら話す近藤さん「最前線にいた兵隊は本当に必死になって、お国を・・・お国を守るんだと。」

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沖縄戦体験者たちを前に、ひとり涙する男性。元日本兵、近藤一さんです。

大矢記者「近藤さん、こんにちは」

去年6月、記者の私は近藤さんが暮らす、三重県の介護施設を訪ねました。沖縄戦から70年、近藤さんは95歳を迎えていました。

大矢記者「近藤さん、これ、すごい煙が出ていて、何も残っていないですよね。こういう状況でしたか?嘉数の戦い?(近藤さん、首をかしげる)」

強力な炎を放つ、アメリカ軍の戦車。その映像には、近藤さんが戦っていた沖縄戦で最も悲惨だと言われた宜野湾市嘉数高台の戦闘が記録されていました。しかし・・・

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近藤さん「こんなのは沖縄戦ではない!報道されているものでも、私らが体験した沖縄戦でも10分の1くらい。こういう風に思っています。」

その当時、近藤さんは25歳。今の私と同じ年頃でした。私は、2年にわたり、近藤さんの取材を続けてきました。

近藤さん「(Q近藤さんも、あの戦争を支えた一人だったと思いますか?)それはね、子どもの時分からいろんなことを詰め込まれていますから、別に悪いことじゃない、おかしいことだとは何も頭に出ていないんですね。ただ、悪い中国をやっつけるんだ。悪いアメリカややっつけるんだと。ただひとつに、国家を守る、家を守る、そのためには相手を倒しにいかないけないと。」

「国を守るために、相手を倒す」国民みんながそう信じて突き進んだ戦争から70年がたった去年9月。

安保法成立の瞬間「両案は可決されました」

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去年成立した「安全保障関連法」。政府は、従来の憲法の解釈を変え、日本が攻撃を受けていない場合でも、「集団的自衛権」の名のもとに、自衛隊の武力行使などを可能としました。

そんな中、沖縄から声をあげたのは、県内の大学生を中心とする戦争を知らない世代の若者たちでした。そのひとりが、玉城愛さん、21歳です。

玉城愛さん「権力を持っている人たちから言われたとおりに生きていく、そんなつまらない社会は嫌だって常に思っていますし。」

そして、玉城さんは沖縄戦で兵士として戦ったった祖父を訪ねました。

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玉城さん「自分守らないともしかしたら殺されるかもしれない。その時におじい、さっき言ったみたいに機関銃だったり、使ったりして、アメリカ兵でも殺したことある?」

徳次郎さん「殺したんじゃないか」

人が殺し、殺される。それが当たり前となった沖縄戦。

近藤さん「 死ぬと言うことが分かっていても、命令されれば行くんだと。こんなバカな戦争にね、行った若い者はね、本当に、無駄死にというかね。」

玉城さん「何のために働いているんですか!何のために働いているんですか?!」

日本が大きな転換をした年、声を上げ始めた戦争を知らない世代の若者。そして、戦争から生き残った元日本兵。あの戦争から71年がたつ今、私たちは次の戦争へとつながる道の上をもうすでに歩き始めてはいないか。

私は、記者として、そして、戦争を知らない若者のひとりとして、ふたりの姿を見つめました。この道の先に、どんな未来があるのか。その答えを知るために。

『タイトル』この道の先に〜元日本兵と沖縄戦を知らない私たちをつなぐもの〜

三者三様の思いを追ったドキュメンタリー「この道の先に」は今月22日月曜日の午後7時から5チャンネルで放送です。