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戦火を生き延びた人々は必死に生活を取り戻そうとします。しかし「戦果取り」と呼ばれた行動で多くの人が犠牲となりました。

旧居住地への復帰が認められ故郷に戻った人々は衣食住を確保することに奔走する毎日でした。

65年前のこの頃の新聞には「生活物資運搬のため、訓練を終えた12人に軍政府が運転免許状を交付」、また夜間の漁の許可や機械技術者・パン製造者の養成所開設などの記事が掲載され、生活を再建しようとする人々の姿が伺えます。しかし、軍作業だけで生活は維持できず、アメリカ軍施設からの物資の窃盗が頻繁に起き始めます。

「敵から物資をもぎ取った」という抵抗の気持ちもあり、人々はそれを「戦果とり」と呼びましたが、その行為は生命に関わる危険なものでした。軍政府は「窃盗行為はシーピー(民警)にも射殺するよう命じてある」と新聞を通して警告。三年後の新聞には「戦果かせぎでアメリカ兵に撃たれた者死傷550人」という痛ましい記事が掲載されます。