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日本軍の後を追い、わずか1週間ほどの間に南風原、大里、豊見城、東風平、玉城を次々と突破し、南下を続けるアメリカ軍は、糸満から八重瀬岳を経て、具志頭へと至る線上まで迫り、包囲網を狭めます。

一方、アメリカ海兵隊に包囲され孤立無援のまま4日から猛攻を受け続ける小禄飛行場周辺の海軍部隊は、南部撤退に備え大砲や重火器類を破壊していたため、効果的な反撃が行えないまま、またたくまに消耗していきます。

3000人とも5000人ともいわれる兵のほとんどは戦死。兵の3分の2は現地召集された沖縄県民。

そして65年前のきょう、海軍司令官・大田少将の電文を最後に通信は断絶します

「敵戦車群はわが司令部壕を攻撃中なり 根拠地隊は11日午後11時30分玉砕す 従前の厚誼を謝し健闘を祈る」