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65年前の今日、アメリカ軍が撮影したフィルムには戦場で傷つき、肉親を失った孤児たちの姿が映し出されていました。

5月10日の日付のあるこのフィルムには戦場に置き去りにされ、アメリカ軍が救いだした男の子が映っています。

のちに「チャーリー」と命名されたこの子のように、乳幼児で名前さえわからない子も多く、アメリカ軍の作った孤児院に収容され、なんとか命をつなぎました。

けがの治療を受けている子どもたち。数日前まで一緒にいた親や兄弟は、彼らの目の前で、どんな運命をたどったのか。傷ついたのは、体だけではありません。

沖縄戦では、孤児院は全体で11か所設置されましたが収容された子どもの実数はわかっていません。

子供はどんどん運ばれてくるものの、面倒を見る人も食糧も圧倒的に不足していて、お粥も出せず、ミルクだけの日々もあったいうことです。

そのためほとんどが栄養失調による下痢を発症し、衛生状態は「豚の飼育小屋」以下だったという証言もありました。

戦後、状況が落ち着くにつれ、多くが血縁者などに引き取られて行きましたが、戦後8年たった調査ではまだ3000人が孤児院に残っていました。