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ことし2008年を振り返る、琉球の変。きょうは「基地」です。

ことしもアメリカ軍絡みの事件や事故にニュースの時間を多く費やすことになりましたが、きょうは10月に起きたセスナ機の墜落事故、そして7月に県議会で可決された「辺野古への基地建設に対する反対決議」の2つを軸に今の日米同盟と沖縄が置かれた状況を考えます。

「10月24日 午後6時35分米軍セスナ機が名護市に墜落」

目撃者「心臓が飛び出るくらい大きな音だった」「(火が)だんだん大きくなって行った」

今月、墜落原因が「燃料切れ」と断定されたセスナ機の事故。

「事故当日、ここ真喜屋小学校の校庭では子供達が野球の後片付けをしていました。ちょうどその時、あの山の脇からセスナ機が現れ、あちらのサトウキビ畑に突っ込んでいったのです」「墜落現場は事故から2か月がたった今も放置されたままで折れ曲がったり、途中で切断されたサトウキビが無残な姿をさらしています」

4年前のヘリ墜落事故の記憶を呼び起こさせた今回の事故。アメリカ軍が現場を封鎖し、治外法権の状態となったあの時の教訓は今回、事故後の対応に活かされたのか?

迫田危機管理官「(日米で)確認してきたことに基づいて、事故発生当初の事故現場の統制を行ったと認識している」

4年前、県警による機体の検証を拒否したアメリカ軍は今回、現場検証を県警と合同で実施。現場は、外側の規制線を名護署が担当し、内側を日米で共同管理しました。また乗組員に対する事情聴取についても公務外の事故の上、過失も大きいと判断し今回は認めました。

しかし、現場検証を終えた機体はまたしても基地の中へ。公務外にセスナ機が墜落した事故にも関わらず、証拠は4年前と同じくアメリカ軍が押収しました。

池宮城弁護士「基地の外で事故が起きれば、公務上であろうが公務外であろうが全部、米軍の一存で勝手に事件処理されてしまうと」県警の要請を拒否し、軍が機体を持ち帰った根拠は「アメリカ軍の同意がない場合、日本の警察は軍の所有物の差し押さえや検証を行えない」という日米地位協定でした。

池宮城弁護士「日本が主権を放棄して、アメリカの言いなりになっていると、言いなりになるような合意が暴露されたということですね」

セスナが墜落した畑でサトウキビを育てていた男性は事故から2か月が経つ今、補償の遅さに憤りを隠しません。

「事故後(米軍や防衛局から)定期的な連絡はない。今も何も無い」「今は収穫時期なのにサトウキビを見てとても勿体ない気持ちだ」

「危険な普天間基地はどこに持っていっても危険なんですよ」

7月、県議会で過半数を占める野党は名護市辺野古への新基地建設に反対する決議案を提案。

与党議員「辺野古移設に反対するのであれば、現在の普天間飛行場はどうするのか?」「数の論理で強引に決議案を提出し、多数決で押し切るというのは民主的な手法に反するとは思わないか?」

アメリカ軍再編を推進する立場の与党は強く反発しますが、野党の賛成多数で可決されました。

傍聴者インタビュー ヘリ基地反対協 安次富浩共同代表「新しい一歩だと思う」

しかし、政府はその2時間後に総理官邸で開かれた普天間移設協議会でも、辺野古への移設の重要性を強調。

町村官房長官(当時)「(沖縄県民の負担をできるだけ軽減するという、そういう観点に立ってトータルの(米軍再編の)パッケージを作り その一環として普天間の移設があることを理解頂きたい」

また、在日アメリカ軍の最高司令官も(6月20日)地元で高まる移設反対の声にこう釘をさしました。

在日米軍 ライス司令官「在日米軍の再編は日本政府と合意したもので地元の沖縄県と合意したのではない」「我々米軍はこの再編計画を一つのパッケージとして実行したい」

そして「負担軽減」以外の面で加速したアメリカ軍の再編。

「過去最大級となる原子力潜水艦オハイオが今、ホワイトビーチ沖に姿を現しました」

過去最多を更新している原潜の寄港では、敵の領土を攻撃するためのミサイルを搭載した「オハイオ」に海上自衛隊の幹部が乗っていたことが判明。

自衛隊のキャンプハンセンを使った訓練もことしから開始され、9月に横須賀基地に配備された原子力空母ジョージ・ワシントンも沖縄近海での日米共同訓練に参加しました。仲井真知事は、こうした負担の増加に抗議し、基地の整理縮小を訴えるため来月アメリカで独自外交を展開します。

「オバマ(新大統領が)就任する前に訪米して」「沖縄における事件、事故、日米地位協定に対する県民の思いをきちっと整理整頓した資料を届けて、しっかり受け止めてもらいたい」

今月、伊芸区で発見された銃弾は、すぐ傍で演習を行うアメリカ軍のものである可能性が高まっています。

伊芸区民「金武町の町長さん、私一言いいます。」「泣きたいくらいです。騒ぎはいつもここです。伊芸だけです。」

伊芸区民が銃弾の恐怖に脅えず、安心して暮らせる日は果たしていつ訪れるのでしょうか?