2017年1月10日 18時40分

Q+リポート キューバで強制収容された県系移民

Q+リポート キューバで強制収容された県系移民

ある報告書のコピーです。「中南米における日本人」と表紙に書かれたこの報告書は、アメリカの連邦捜査局・FBIが作成しました。この報告書からは1人の県系移民が戦争に翻弄された姿が浮かびあがってきます。

カリブ海に浮かぶ島国・キューバ。おととし、54年ぶりにアメリカと国交を回復し、新たな時代へと踏み出したこの国で、苦難の時代を過ごした沖縄の県系移民がいました。

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「中南米における日本人」とタイトルが付けられたこの報告書。これは終戦の1945年にアメリカの連邦捜査局FBIが作成したものです。この中には戦前にキューバへ渡った1人の沖縄県系移民の家族の動向が記されていました。

アメリカの公文書館からこの報告書を見つけ出したのは、琉球大学の我部政明教授でした。我部教授は「極秘」と書かれているこの報告書について次のように語ります。

我部政明教授「日本やドイツやイタリアなどは敵国になっていますから。海外にいる敵国の人々、ここでいうと南米・中南米にいる人たちがどう活動しているのかということについて、FBIは当時から追っかけていたんだと思います。一般的に、外交文書のなかに政府高官でない限り名前は出てこないんですが、これは個別・個人の名前が出てきた。諜報機関の報告書だったので面白いと思ってコピーして読んでみると、沖縄の人の名前が出てきたということです」

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報告書に登場するのが名護市屋部出身の山入端萬栄さん。山入端さんは1907年、貧しい暮らしの中、家族を支えるため、炭鉱移民としてメキシコに渡り、その後キューバへと移り住みました。

山入端一雄さん「非常にオシャレな人だったらしいですよ。その当時としてはネクタイもピシッとしているし」

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こう語るのは山入端萬栄さんの甥の一雄さんです。山入端萬栄さんと一緒に写っているのは家族です。こちらはドイツ人の妻・エリザベスさん。そしてこちらが娘のマリアさんとその夫と孫たちです。

山入端一雄さん「萬栄はキューバのドイツ大使館で運転手を務めて、そこでドイツ人のエリザベスさんと一緒になって」

しかし妻が当時アメリカと敵対していたドイツ人だったこともあり、山入端さん一家はアメリカから目をつけられていました。報告書には山入端さんがドイツのスパイだったのではと疑う記述もあります。

『山入端萬栄は自宅で日本の公使と頻繁に連絡を取り合っている。山入端の妻・エリザベスにはナチス支持者の友人が多くいた』

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山入端一雄さん「あの当時の三国同盟は日本、ドイツ、イタリア。それでうちの叔父は日本人で叔母がドイツ人であるから、これとばかりにに警戒されて、スパイと決めつけられていた」

琉球新報で記者をしていた三木健さん。三木さんは長年、山入端さん一家を調べていました。

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三木健さん「山入端さん自身もドイツ大使館の運転手をやっていたということで、アメリカ側からみれば怪しい動き、敵対行為をやっていたんじゃないかを調査したもの。ドイツはアメリカと戦争している敵対国だったので、山入端グループとして特別にマークされたということで」

遠い異国に渡り、苦労を重ねた人々は戦争が始まるとさらに翻弄されることになります。

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FBIの報告書によると、1941年から45年にかけてキューバでは15歳から55歳までの日系男性346人が刑務所に強制収容されています。山入端萬栄さんもその一人でした。

『山入端ファミリー3人を戦時中、収容した』

我部教授「戦争になれば戦争になった国の人ももちろんそうだけど、海外に行った人にも大きな影響を与える。そこに住んでいる国でも政権が大きく変わる、その人の人生が大幅に変わっていく」

山入端さんはその後、沖縄の地を二度と踏むことなく、1959年にキューバで亡くなりました。

報告書の記載が全て事実なのかどうかはわかりませんが、これは私たちに“彼らがどのように困難な時代を生き抜いてきたか”を見つめ直すキッカケになっています。

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