Bリーグの選手として活躍し、現在はコーチとして活動を始めている満島光太郎さんを取材しました。親子2代にわたって子どもたちの「やる気」を育てる指導を実践しています。

元Bリーガー 満島光太郎さん 指導の道へ

去年7月にスタートしたSPICE(スパイス)バスケットボールスクール。16人の子どもたちが参加しています。

小さな子どもたちとハイタッチを繰り返すのが、コーチ兼スクール代表の満島光太郎さんです。

満島光太郎さん「SPICEは調味料(の意味)でもあるが、(子どもたちが)個性をいかして自分の長所をどんどん出していって、自分がなりたいようなプレイヤーになってほしいという思いから(スクール名を)つけている」

沖縄市出身の満島さんは学生時代から活躍をみせ、Bリーグのプロ選手としても3シーズンプレーしました。両親はともに体育教師でバスケ指導者そのもとで育った4人の子どもたち。末っ子・光太郎さんのきょうだいは、俳優やモデルとして活躍しています。

バスケ指導者として歩み始めている光太郎さんはドリブル・シュート・パスのどれでもスムーズに動き出せる姿勢「トリプルスレット」の徹底、相手にボールを奪われない体の使い方など、プロ経験から得た技術を伝えています。

満島さん「(子どもたちと)一緒に得られる喜びとか経験を一緒に積んでいくではないが、そういう楽しみはすごくある」

その気持ちは通う子どもたちにも伝わっています。

宮城湊名くん「(Q:バスケは好き?)大好き!!(指導が)わかりやすい。いろいろなところが細かくわかりやすいところがいい」

崎山桃子さん「(Q:SPICEに通っているのは?)楽しそうだなって。もっとバスケが上手くなりたいから」

島袋心愛さん「(Q:SPICEに通っているのは?)(小学校の)部活以外でもバスケをやって大会で(教わった)技をできるようにしたかったから」

満島さん「子どもたちの可能性とか、もともと持っている感性というものは崩さずに、その良さを出していけるように指導ができたらと思う」

元Bリーガー 満島光太郎さん 指導の道へ

子どもたちの楽しいという気持ちや個性を大切に考えるのは父・惠作さん譲りです。選手として指導者として沖縄のバスケをけん引してきた一人。コザ中学校教員時代は2度全国優勝を成し遂げました。いまは沖縄市スポーツ協会の理事長を努めています。

沖縄市スポーツ協会・満島惠作理事長「基本、ぼくは体育の教員で、スポーツに親しんでスポーツの中から『好きこそものの上手なれ』だから。子どもたちの思いというのは、好きで競技をやりに来ているので、みんな同じように練習をさせてやっていく。3年生だから多く練習して1,2年生はどこか走っておきなさいではなく。明日もやりたいな、明日も来たいなと。そういう流れをつくるのが一番」

指導者の両親とともに、週末もバスケの大会や練習について行っていたという満島家の子どもたち。その経験がいまにつながっていると光太郎さんは語ります。

元Bリーガー 満島光太郎さん 指導の道へ

満島さん「全国制覇した当時のコザ中学校の方に僕も遊びに良く行っていた。生徒たちが楽しそうに部活をやっていたし、(学校周辺の)掃除だったり地域に根付いた(活動)というか、部活の中でも地域から応援してもらえるチームだったというのはすごく印象的」

地域に根付くをキーワードに、光太郎さんは今月イベントを開きます。20日に沖縄市の八重島公園で地元の飲食店や企業に協力してもらい3×3の大会を行いながら、飲食ブースやステージイベントを開催します。

沖縄市にはコートやリングがあってバスケを楽しめる公園が現在20カ所あります。

満島さん「沖縄市で生まれて小さい時から公園でバスケをする機会がすごく多かった。3×3の方もリーグができて10年近くある中で、いま全国的には普及している中で(沖縄でも)触れてほしいという思いが一番強い」

また週末には、500円のワンコインスクールを開催しています。月謝制でなく、来たいとき、来られるときに来てもらう取り組みです。

満島さん「子どもたちも含め、若い選手たち、高校・大学生を含めた育成の方も今後、力を入れて活動していこうと考えている」

これまでのサポートや感謝の気持ちを指導者という道で返していきたいと語る満島さん。父の背中を追ってのチャレンジが始まっています。

元Bリーガー 満島光太郎さん 指導の道へ

バスケを通して地域との関りもつくっていきたいと語る満島さん。今月20日のイベントは観覧無料となっています。興味のある方はぜひ沖縄市の八重島公園まで足を運んで下さい。またスクールに関してはスパイスバスケットボールスクールのサイトをご覧下さい。