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あさって11日に東日本大震災の発生からまる10年となります。被災地の力になりたいと沖縄から活動を起こした人たちも数多くいます。きょうは県内在住のある女性が出身地の東北と沖縄を結んだ縁と、この10年を経た思いをお伝えします。

東日本大震災から10年 東北と沖縄で紡がれた縁

東日本大震災発生から8カ月余り経った2011年11月。被災地でもある宮城県仙台市で琉球芸能のチャリティーコンサートが開催されました。恩納村文化協会が仙台市の文化事業団などと協力して開いたものです。仙台市で被災者に元気を届けようと企画されました。

またこの公演は宮城県石巻市でも行われました。太平洋沿岸の石巻市は地震と津波で甚大な被害を受けていて、沖縄からの一行は市の関係者に義援金を手渡しました。被災地を励ますコンサートは多くの縁が紡がれたことで実現したのです。

このチャリティー公演のコーディネート役を務めた人がいます。仙台市出身で、沖縄に移り住んで20年あまりになる玉木千春さんです。

東日本大震災から10年 東北と沖縄で紡がれた縁

玉木千春さん「(宮城県沖の地震は)ちょこちょこあるけれど、みんないつも津波が来ますよ、20センチという情報(予測)は大きいほう。だから全然大きいものが来るとは予測していなかった」

読谷村にあるスポーツジム。通う人たちの食事面をサポートする栄養管理士の千春さんは、夫でトレーナーの一史さんと夫婦でジムを運営しています。

大学生時代から国内外でのボランティア活動に積極的に取り組んできた千春さんは心理カウンセラーやツアーコンダクターなど、持っている資格や肩書を生かして、苦しい状況にいる人たちに救いの手を差し伸べてきました。

千春さん「(両親からは)人の世の中の役に立つ人になりなさいとよく言われてきた。本当に小さい時から、よくバスに乗っても席を譲りに遠くまで行っておばあさんに声をかけるような子だったみたい」

困った人を放っておけないという千春さんは2011年12月に現在住む読谷村の人たちを中心に宮城県を訪れるツアーを企画しました。

千春さん「ボランティア活動をやりたいという声もあったが、ほんの一瞬だけのためにやるのはご迷惑だと思ったので。まずは足元からというか自分の住んでいる読谷村の防災意識につながればということで」

地元の人たちから地震や津波による被害や復旧の現状など話を聞くなかで、飲食や買い物などもして地元経済に貢献することの大切さも感じました。

こうした経験から千春さんは東日本大震災に関わる支援を実に80件あまり携わり、沖縄から被災地に義援金や支援物資を送り続けました。小さな長男を残し時に被災地へ直接行くことができたのも、友人や夫の助けがあったからと語ります。

千春さん「お皿洗いと洗濯物を干したり取り入れたりしてくれたりとか、小さいことかもしれないけど、そうすると時間ができるから支援活動ができたりとか」

東日本大震災から10年 東北と沖縄で紡がれた縁

すぐに始められるボランティアは、妻の手助けだった一史さんも大地震は他人ごとではありませんでした。実業団のラグビー選手時代の1995年、住んでいた神戸で阪神淡路大震災に遭ったのです。

一史さん「私は公営団地に住んでいて、14階建ての9階にいたが、高い分すごく揺れて、生まれて初めてこれは死ぬのかなと感じた。僕の知り合いが焼肉店をやっていて、ボランティアで炊き出しを手伝った。東日本大震災の時も彼女が支援活動をしていた時、そういうこと(阪神淡路大震災)も思い出されて、何かしら少しでも手伝いが出来たらなという気持ちがあった」

東日本大震災から10年 東北と沖縄で紡がれた縁

沖縄から被災地の人たちに何かできないか。そう考えた1人が恩納村の山田小学校の校長を務める山内久江さんです。千春さんとは夫同士が同じ大学のラグビー仲間という縁で知り合いました。

山内久江さん「東北との縁は大学、宮城教育大学に入学できた。琉球舞踊同好会を立ち上げて、大学でみんなで踊っていた」

震災後、お世話になった東北の友人や宮城の沖縄県人会の人たちのために、長年親しみ師範の免許を持っている琉球舞踊で役に立ちたい気持ちは強く持っていたといいます。

山内さん「自分の思いはあっても、企画であったり仕事も持ちながらなので、そういうことがすごく難しかったが、千春さんは宮城のことを知っている、現地の人を知っているということでのコーディネートができるところで本当にお世話になった」

沖縄からの思いと宮城の人たちが受け入れられるタイミングが重なったのが2011年11月。仙台、石巻で行われた琉球芸能の公演でした。

東日本大震災から10年 東北と沖縄で紡がれた縁

千春さん「(善意を)集めて集めて形にして育てていけばいいだけ。そしてその送り先に必要な形に合わせてあげればいいだけ」

現在もさまざまなボランティアを続けながら、その経験と沖縄での防災意識の大切さを伝えることもある千春さんは、東日本大震災から10年たったいま、支援した、されたという関係性から互いに思い合い、支え合う意識に変わるときだと感じています。

千春さん「例えば新型コロナもそうだが、想像だにできないことが起きる。今は前よりもSNSが発達していて10年前よりもパパパッと連絡が取れるからみんなで『元気?』『大丈夫!』とか『無事』とかみんなで連絡を取り合った。心の支えというのが生きていく上で大事。お互いに」

家族や地域の協力を背に千春さんは、ボランティアを通じた縁結びにこれからも邁進します。